その6 大団円(フィナーレ)?

『しまった』と思ったのは俺だけで、向こうは微動だにしなかった。


 俺の鼻にふっと何かが匂った。

 

 何かの焦げたような香り・・・・。


 俺は拳銃を構え、後ろから声をかけた。


『トリガーから指を放してください。影山一等陸尉!』


 俺のM1917は、まっすぐに彼の頭に狙いをつけていた。


 向こうは上体を起こし、ゆっくりこちらを振り向く。


 髭面の顔が、日に焼けて妙に黒かったが、俺がヘッドバンドの灯りを付けた途端、直ぐにそれと分かった。


 迷わずに撃つべきだったか・・・・俺はそう思ったが、向こうは銃を肩から放し、立ちあがって両手を高く上げた。


『どうして俺の名を?』


 かすれた声が俺の耳に届いた。


 答えの代わりに、俺は灯りの中にライセンスとバッジを突き出してみせた。


『探偵か?』


『あんたから生きて事情を聞きだす。そして出来ればあんたを依頼人に引き合わせる。そういう仕事でね。』


『俺が撃ったらどうするつもりだったんだ?』


ってのは好きじゃありません。でも、あんたが撃ったら躊躇ためらわずに撃ちましたよ。もっとも、軍用狙撃ライフルと、45口径の骨董品みたいなリボルバーだ。勝負は見えてますが』


 俺は拳銃を突き付けたまま、ボディチェックを行った。弾丸は出てきたが、武器らしいものは一切出てこなかった。


 俺はふと、彼が伏せていた側に、いさしの煙草を見つけて拾い上げた。


『「狙撃手になりたければうな。死にたくないだろ?」貴方の言葉でしょう?』


『陸自出身か・・・・お前』


『空挺でした。西普にいらっしゃった頃、合同演習で狙撃教育を受けたことがあったんですよ。狙撃手に憧れていた俺は、その時から止めてるんです』


 彼は苦笑しながら、ポケットからラッキーストライクを出してくわえた。


『お前さんは立派だよ。でも何で自衛隊を辞めたんだ?』


『貴方がいなくなったからです。目標が無くなれば、残っていても仕方がないってね』

 俺は半分冗談めかして答えた。


『なるほどな、で、俺をどうする?』


『どうもしません。さっき言った通りです』


 彼は黙って煙草を捨て、靴で踏み消した。


 影山一尉は俺にぽつりぽつりと事情を話してくれた。


 彼は依頼人・・・・つまり菅原翔子の母親と恋仲だった。


 勿論『恋』というものが単なるプラトニックなものではなく、


』関係であったのは言うまでもない。


 そのうちに彼女は身ごもった。


 だが、彼女の家というのが、影山が自衛官であるという理由で結婚を許さなかった。


 仕方なく二人は別れた。


 だが、その時には既に彼女の身体には新しい生命が宿っていた。


 翔子の母は両親が望む、特別可もなく不可もない相手と結婚をした。つまりは彼女の戸籍上の父親である。


 そうして年月が経ち、彼は自分の愛した女とその夫が亡くなったことを知る。


 何とかせねばならない。


 そこで自衛官を退職し、より金を得られる仕事・・・・つまりは傭兵稼業に身を投じたというわけだ。


 前もって頼んでいたジョージの車に揺られながら、彼は長々とその話をした。


 話しながら、彼は手早く何てことのないスーツに着替える。


 老婆心だとは思ったが、俺は『貴方の依頼はどうするんです?』と訊ねてみた。


『お前さんがプロなのと同じように、俺もプロだからな』素っ気ない答えが返って来た。


 その後、俺は菅原翔子に影山一尉を引き合わせた。


 彼が金の事、その他これまでの経緯いきさつについて、何と説明したのか、俺には分らない。


 ただ、彼女は対面を終えたホテルのティールームから出てきた時、俺に向かって、

『有難う』と、一言だけ口にした。


 切れ者マリーから事務所に電話があったのは、翌々日のことだった。


 あの冷静そのものの彼女にしちゃ、珍しく感情的になっている。


『何があったか知らんが、俺にはまったく心あたりはないな。』


 それだけ答え、まだハイトーンで叫んでいる受話器をそっと置いた。


 ラジオから流れる臨時速報で、羽田から飛び立った、某国副大統領閣下の乗った特別便が狙撃され、哀れ副大統領閣下は即死遊ばしたと、ヒステリックな調子で伝えていた。


 俺は黙ってラジオのスイッチを切り、椅子に背をもたせかけた。


 どこからかセミの鳴き声が、締め切った窓の向こう側からでも、


『暑いぞ!外は』と叫んでいる。


(今晩はビールにするか、それとも久しぶりにジントニックにするかな・・・・)


                                 終わり


*)この物語はフィクションです。


  登場人物その他全ては、作者の想像の産物であります。


 





 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

oh my papa 冷門 風之助  @yamato2673nippon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ