その5 対決

 その夜・・・・午後5時を少し回った頃、俺はビルの前に立っていた。


 一目見ただけで、だれもいない廃ビルだというのが分かる。


 正面のドアの横にはバカでかい張り紙に、丸ゴシック体で太く、

『無断立入を禁ず』とあり、管理会社の電話番号が記してあった。


 俺は腕時計をのぞき、時間を確かめると、半分割れかけたガラスの扉に手をかけて左右に押した。


『自動・AUTO』と表示が出ているものの、当たり前だが電気は切れている。

 扉はきしみながら左右へと開く。


 そこはもともとある有名な商事会社のビルだったのだが、つい半年前に倒産、ビルは債権者に差し押さえを喰って、現在は売りに出されているというわけだ。


 当たり前だが内部は真っ暗で、そこら中に段ボールだの、書類だのがほったらかしになっている。


 俺はヘッドバンドに取り付けた小型ライトを点け、その丸い灯りだけを頼りに階段を探した。


 このビルは地上20階建て、屋上が丁度某国大使館の入っているビルのフロアを最も狙いやすい。


 俺が殺し屋(スナイパーなんて表現は嫌いだ。金を貰って殺しをやってるだけだからな)で、やはりを請け負ってもこのビルを選ぶだろう。


 階段はまだカーペットがそのままになっているが、割れた蛍光灯やら何やらの破片がそこら中に散らばっている。


 俺はいつもの革靴ではなく、底の分厚いタクティカルブーツを履いてきた。


 こんな場所では『軍用品』というのは大いに役立つ。

 

 真っ暗闇の中を小さな灯りだけを頼りに20階も上がるなんてと思うだろう。


 自慢話は好きじゃないが、やはり自衛隊だった身の上は有難いものだ。


 現役の頃は死ぬほど歩かされたからな。


 こんなもの、屁でもない。


20階、つまり最上階に着いた。


 俺は腕時計を灯りに透かして見た。


 かっきり17:00である。


 屋上に通じるドアに手をかけ、ゆっくりと開いた。


 蒸し暑い夏の空気が、むっと俺の顔を撫でる。


 拳銃を抜き、俺は給水塔に張り付いた。


 ヘッドバンドのライトを消す。


 夜目に辺りを透かして見る。


 すると・・・・


 あの大使館の入っているビルのガラス窓が、まっすぐに見える屋上の手すりの間を縫うように、一人の男が伏射の姿勢でライフルを構えていた。


 かなり長い銃だ。断定は出来ないが、ロシア製のドラグノフSUVの可能性は高い。


(流石プロだな)


 俺はその点だけは感心した。


 そんな暢気な場面じゃない。


 向こうは既に射撃姿勢に入っているのだ。


 ゆっくりと相手に近づく。


 と、足元でぱきり、と音がする。


 ガラスの破片でも踏んだんだろう。


 心臓が喉まで上がりそうになる、とはこのことをいうんだな。


 俺はその時思った。


 

  

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