その3 彼女の警告
山守三佐に会った後、一旦事務所に帰ってくると、
『お帰りなさい、先生、暑いところお疲れ様』
熱波で溶けかけたチョコレートみたいな声が、俺を出迎えた。
グレーのスーツに白のインナー、タイトスカートから覗く百万ドルの美脚、細く立ち上るシガリロの煙。
『
紅く塗った唇の端で、彼女はそっと微笑んだ。
警視庁外事課特殊捜査班主任、五十嵐真理警視。
通称『切れ者マリー』。
身長167センチ、体重・・・・秘密。スリーサイズは上から88、67 89 歳は・・・・一応秘密という事にしておこう。
『何の用だね?俺は今忙しいんだ』
『市ヶ谷に行ってきたでしょ?そこで人事の山守三等陸佐に逢ってきた・・・・』
俺は目を丸くした。
『話を聞いたのは影山元一等陸尉の情報、違う?』
『呆れたねぇ。最近は
『私を舐めて貰っちゃ困るわ。伊達に税金で食べてる訳じゃないのよ』
彼女は一本目のシガリロをガラスの灰皿に捨て、もう一本を
点けた。
俺はジャケットを脱ぎ、椅子の背にかけると、窓を大きく開けた。
熱波が新宿の喧騒と共に、室内へと流れ込んでくる。
『俺は嫌煙主義者じゃないがね。少しは遠慮して貰いたいもんだ。じゃないと狭い
部屋がガス室になっちまう。』
彼女はごめんなさい。と素直に言って、シガリロを揉み消した。一本300円の奴を半分も喫わずに・・・・豪勢なもんだ。
俺は直ぐに窓を閉め、エアコンをフル回転にした。1分もせずに室内がキンキンに冷える。
『で、何の用だね?話だけでも聞こうか。但し手短に頼むぜ』
『この一件から手を引いて頂戴』
随分とぱきっとした物言いだった。
『何のことだい?』
俺はとぼけたように答え、冷蔵庫からコカ・コーラの瓶(俺は缶よりこっちがいい)を取り出し、横っ腹にひっかけてあった栓抜きで王冠を開け、一気に半分ぐらい飲んだ。
ノンアルコールでコーヒー以外の飲み物とくりゃ、夏はこれが一番だ。
『影山元一尉を探すこと』
『嫌だ。といったら?』
『貴方には申し訳ないけど、ライセンスを停止するしかないわ』
『君まで月並みの脅し文句かい?じゃ、嫌だ』
俺はまたコーラを飲んだ。
げっぷが出そうになったが、辛うじて
『俺はもう依頼人から手付けを受け取り、契約も交わした。仕事に入ったら、誰が何と言おうと止めない。それが俺のやり方だって知ってるだろ?』
『私が頼んでも?』
『色恋と仕事は別だ』
俺はそっけなくいい、コーラの瓶を冷蔵庫の上に置いた。
『仕方ないわね・・・・・まあ、想像はついたけど』
『でも、これだけはいっておくわ。今度ばかりは本当に命が危いわよ』
彼女は再びシガリロに火を点けた。
『じゃ、気を付けてね』
彼女は、煙を輪にして空中に吐き出した。
それじゃ、仕事の邪魔をしても悪いから、彼女はそう言い残すと、煙の糸を引きながら、事務所を出て行った。
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