その2 『鬼』と呼ばれた男

 見慣れない軍服、AK47・・・・と、こうなれば記号みたいなもんだ。


『ヤマダイチロウ』氏は傭兵(おっと、今は国際法上いないことになってるんだっけな。民間軍事会社の社員か?)、更には自衛隊上り・・・・間違いない。


 とすれば調べる先は分かってる。


俺は市ヶ谷の防衛省に電話をかけ、人事課の山守三佐を呼び出して貰った。


 俺がまだ北海道は帯広の第四普通科連隊に居た頃、直属の上官だった人で、当時は二等陸尉だった。


 あれから随分逢っていないが、出世したもんだな。

 

 元来へそ曲がりなものだから、上官とはどこに配属になっても、お世辞にもウマが合わなかったが、この人だけは別だった。


 仕事は厳しかったが、普段は酒呑みでバカ話の大好きなおっさんで、時々は一緒に呑みにいったりしたもんだ。


 こういう人間が人事の偉いさんでいてくれたことがラッキーだった。


(おう、いぬいか、久しぶりだな)


 相変わらず陽気な調子だ。


 俺がどうしても聞きたいことがあるというと、最初は渋っていたものの、

『もうじき娘さんの誕生日でしょう?確か娘さん、乃木・・・・なんとかいうアイドルグループのファンでしたよね。コンサートのチケットが手に入りそうなんですが?』とコナをかけると、

(俺には通じんぞ)と、一度は勿体ぶった口調で言ったものの、

(分かった。今日の昼休み、四谷坂町の教会に『ダ・ヴィンチ』ってレストランがある。そこで待ち合わせよう)そういって半分渋々ながら承知をしてくれた。


 正午を少し過ぎた頃、俺は靖国通りの見えるビルの四階にあるレストラン『ダ・ヴィンチ』の窓際の席に、山守三佐と向かい合って座っていた。


 向こうは定年間近だというのに、まだそれほど肥ってはおらず、髪の毛も薄くなっていなかった。

 昼間だというのに、

『どうせ必要経費なんだろ?』と俺に言い、一番高いサーロインステーキのセットを頼んだ。



 俺はエビグラタンを一つと、ジンジャエール(コーラはメニューには無かった)を一杯頼んだ。


 幾ら必要経費だからって、そうそう贅沢もしていられない。


 ステーキのプレートが湯気を立ててテーブルに置かれると、三佐はモノも言わず、かぶりついた。


 俺は苦笑しながらジンジャエールを一口、それから懐から例の写真を出してテーブルの上に置いた。


 三佐はせわしなくフォークとナイフを動かしながら、横目でちらり、と写真を眺める。


『影山だな・・・・影山一等陸尉だ』


『やっぱりね』俺はやっと目の前に置かれたエビグラタンをスプーンですくって、驚いてみせた。


『ゴルゴ影山ですな?』


『なんだ、知っとったんじゃないか?』


 やはりな、というような顔をしながら、口をもぐもぐさせた。


 俺が空挺に入ったばかりの頃、


『西部方面普通科連隊に凄い男がいる』という噂があり、

 それが影山徹二等陸尉(当時)だった。

彼は射撃検定で、百メートル先の十センチに満たない標的をスコープなしの六四式で連射し、全弾真ん中に当てるという離れ業をやってのけた。


 当然彼は特級射手に認定され、狙撃教育でも抜群の成績を示し、まるニ日物音もたてずに不眠不休、その上飲まず食わずで藪の中に籠って、1キロ先の標的を10発連続、難なく命中させて、

『ゴルゴ影山』、或いは『狙撃の鬼』という異名を頂戴したという訳だ。


『ところが、だ』


 山守二佐は苦い顔をして、切り分けたステーキの最後の一かけらを口にいれ、大急ぎでかみ砕くとスープを飲んでから、


『その彼が、ある日突然辞めちまったんだ』


 一等陸尉に昇進した頃、突然辞表を出したという。


 理由を聞いてもただ、


『もうやれるべきことはやり尽くしましたから』


 それしか答えなかったという。


『まるで誰かさんみたいにな』


 山守三佐は食後のデミタスコーヒーのカップを指で摘み、ゆっくりと味わいながら、上目遣いに俺を見た。


『一緒にせんでください。私は単に私立探偵になりたかっただけですよ』


『ま、そうしとこう・・・・しかしあの影山が傭兵なんかになってるとはな。俺も最初聞いたときは信じちゃいなかったが・・・・』


『とにかくだ。これで俺の知ってることは全部話したぜ。ごちそうさん。久しぶりにいい肉を食わせてもらった』


 彼は満足そうに答えた。



 





 


 



 



 



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