oh my papa

冷門 風之助 

その1 黒い髪の少女

(この小説に登場する自衛隊に関する描写はあくまでも作者が自分で可能な限り調査し、その上で作者の空想を広げて書いたものである。従って現実の自衛官の方から見ると、甚だおかしな部分が多々あろうかと思うが、其のあたりはご了承の上、お読み頂ければ幸いである)



外でセミが鳴いている。梅雨も終わり、本格的な夏真っ盛りだ。

今日は出校日だったものですから、彼女はそう前置きして、銀行預金の通帳とキャッシュカードを取り出した。


 それから彼女はコップを両手で抱えるようにして持ち、『初恋の味』がキャッチフレーズの白い清涼飲料水(奮発して出してやったんだ。お客は大切にしなきゃな)をストローですすった。


『人探しは探偵業の重要な仕事の一つだからね。』俺はそう答えてから、コーヒーを少し飲むと、少女を凝視みつめた。


 今時珍しい、三つ編みにした黒髪を肩まで伸ばしている。


 アイロンがかかり、しわ一つ寄っていないブルーのブラウス。紺地に校章と思われるエンブレムをちらしたネクタイ。

 赤と緑のギンガムチェックのスカート。膝小僧まである紺色のソックスに、ピカピカに磨き上げられた革靴。

(吉永小百合に似てるな)

 俺は思った。心持ちしもぶくれの顔立ちにぱっちりした目、確かにそっくりだ。もっとも俺は芦川いづみの方が好きだがね・・・・。


 彼女は今年17歳、高校3年生。


 名前は菅原翔子すがわら・しょうこ。都内にある有名私立高校に通っている。


 その学校は家柄もさることながら、勿論学力も優秀でないと入学は難しいと言われるほどの学校だ。


 とはいっても、彼女は決して名門の家柄と言うわけではない。


 彼女の両親は、彼女がまだ5歳になったかならぬかの頃、外国で事故にって亡くなった。


 翔子は遠縁の叔父の家に預けられたが、暫くして叔父の家から別の親戚の元に移され、その後はあちこちと親戚の間をたらい回しにされた挙句、最後は児童養護施設に入り、中学を卒業するまでそこにいた。


 そしてその後、彼女は今の名門女子高校に入学した。


 ご存知の方はご存知だろう。

 養護施設というのは義務教育、即ち中学を卒業すると、ほぼ自動的に退寮・・・・つまりは出て行かなければならない。


 養護施設を出るに当たって、彼女はある弁護士の訪問を受けた。


 俺でも知っている、ベテランの信頼のおける名前だった。


 彼は翔子に会うと、彼女名義の預金通帳と印鑑、それからキャッシュカードを渡し、

『私の依頼人』からの伝言だと前置きして、

『ここには2百万の預金が貴方名義で入っている。それから貴方はここを出たらN女学院に行くように、そこの学園長とは既に話が通っている。入学その他の手続きは一切済ませてあるから心配しないように、あと毎月八十万円が口座に振り込まれるようになっているから、生活の心配は一切しなくていい』

 そう告げられた。


 N女学院といえば、都内でも名門中の名門である。成績だけでなく、家柄だって考査の対象になる。

 彼女の家は確かに貧しかったわけではないが、決してブルジョワというわけでもない。


『一体それは誰なのか?』と彼女が聞いても、弁護士は『それは依頼人との約束で言えないことになっている。名前は仮に「ヤマダイチロウ」としておく。決して怪しい人物ではない。立派な紳士だ。だから安心して貴女は勉学に励んでもらいたい』


 弁護士はそれだけ言って帰っていった。


 狐につままれたような気分になっていたが、全てはウソではなかった。


 翔子は確かにN女学院に入学出来たし、指定の日から学生寮に入寮することも出来た。

 金も毎月決まった日に、通告通り八十万円づつ、口座に振り込まれた。

 彼女の成績は素晴らしいほどよく、入学以来学年でベスト5より下がったことがなかったし、スポーツにも秀でていた。


 このままでいけば文句なしに直ぐ上の大学にも特待生での入学が可能だ。


 だが、三年の夏休みに入ったばかりの頃、あの弁護士から呼び出しを受けた。


『そこで渡されたのがこの手紙なんです』


 彼女は傍らの茶色いバッグに再び手を入れ、今度は国際郵便の封筒を取り出した。


『見てもいいかな?』


 俺が訊ねると、彼女はこっくりとうなずいた。


 ありきたりの便せんに、ありきたりの誉め言葉が並んでおり、

『出来れば米国の大学に留学してくれないか。貴女の成績ならば文句なしで向こうも受け入れてくれるだろう。勿論そのための費用は全部私が持つ。近いうちに私は日本に行く。詳しい日時は追って知らせる』と、文字は丁寧だが、素っ気ない文章でそう書かれてあった。


 封筒から、一枚の写真が出てきた。


 そこには髭面のいかつい、鋭い目をした男がこちらを向いて立っていた。


 防弾チョッキに迷彩柄の軍服、赤紫のベレー帽をかぶり、手にはAK47自動小銃・・・・。


『俺にこの人を探して欲しいというのかね?』


 彼女はまっすぐ俺の顔を見つめ、黙って頷いた。 


 俺は写真を眺め、暫く考え込んだ。


 軍服に自動小銃・・・・凡そ『』であることはまず間違いがなかろう。


『しかし、向こうから逢いたいと言って来てるんだろう?それまで待っていればどうなんだい?』


『私は人形じゃありません。ただ黙ってお金を受け取って、言うなりになっているだけなんて嫌なんです』


 きっぱりした口調でそう言った。


『いいだろう。その代わり料金はきっちり貰うよ。ギャラは一日6万、他に必要経費。危険手当は4万円の割り増しだ。それでよければ』


 彼女はそれでいいと答えた。


 久しぶりに手ごたえのある依頼に当たったようだ。





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