第27話 最後の手向け
「――では、ここまでのお話をまとめますね」
ノートを広げた
「とある夏の日。大学生の主人公は、サークルの合宿で片田舎の町を訪れます。町は奇しくも、十年に一度の祭りの年。多くの見物客が押しかけたそこでは宿が足りず、主人公たちは、町外れにある一軒家を丸ごと借りることになります。しかし、主人公たちは知りませんでしたが、実はそこは、過去に幾度も陰惨な事件があったという〈呪われた屋敷〉なのでした。御多分に漏れず、祭りが始まったその日から、サークルメンバーが次々となにかに襲われだします。僅かに逃げ延びたものから語られたのは、この世のものならざる何者かの存在! まさかの突然の大雨、崖崩れで巻き起こったクローズドサークル! 片思いの相手を守るため、孤軍奮闘していた主人公の血筋に隠された秘密とは! 次回! 『その怨霊、お前のご先祖様だから!』 決闘、準備!」
大盛り上がりに盛り上がり、拳を握って立ち上がる叶芽。
それに「おおー」と拍手を送る面々に、
「…………まさか、本当の本当に、文化部発表会でこれをやるんですか? なんというか、物凄く引っ掛かりを覚えるんですけど」
「もちろんやるわよぉ。せっかく
「現代ものだから、衣装やセットの準備も簡単だしね。まあ、家庭クラブにお願いするとしたら、怨霊役の衣装かな」
「……先輩」
「雰囲気作りのためにも、和装とかが異質感あっていいと思うんだけど」
「先輩……!」
明らかに特定の出来事を下敷きにした内容に、辛抱たまらず抗議する。
確かに今回の出来事は、脚本のいいネタだっただろう。しかしだからと言って、よりにもよって、敦司の一番デリケートなところを突いてくるような真似をしなくてもいいではないか。
換骨奪胎するなら、そこも変えてほしかった。しれっと会話を続ける澪に、敦司は大きく息をつく。
――西高で授業が再開されたのは、結局、週明け水曜日からだった。
学校周辺にはまだマスコミの姿が散見され、惨劇のあった2年教室は固く封鎖されたまま。一連の事件によって精神不安定になり、登校できなくなった生徒もいるという噂だが、敦司を始め、そうでもない生徒が大多数だった。
どんなにショッキングなことがあろうとも、高校3年間で修めるべき学習量が変わるわけではない。そう理解している西高生たちは、学校再開の連絡が来るや、真面目に登校して、真面目に日常を取り戻していった。
ちなみに部活動は、制限付きで再開した。顧問の参加と、帰宅時間の厳守だ。それらを「めんどくさいね」と言い出した2年生たちの提案で、学校が再開した金曜の放課後、敦司たちは再びカフェ・ブランに集まっているのだった。
ここでの議題は、夏に迫った市内の文化部発表会での脚本について。
先日、
そこで、文芸部にも所属する澪がおもむろに「こんなのはどうだろう」と言い出したのが、今しがた叶芽が読み上げたオカルトミステリーだったのだが。
(……よりにもよって、澪先輩がそういうことをするなんて)
ガッカリというか、なんというか……と敦司はうなだれる。
古墳の上、異世界のような空間で見聞きしたそのすべてを話したのは、その場に助けに来てくれた澪にだけだった。桑原重工社長だったという例の男性への説明もしてくれ、意識を取り戻した皐月を連れ帰るのも手伝ってくれた彼女には、黙っているわけにはいかなかった。因果関係の説明や、事件収束の旨は他の面々にも伝えたが、てふ子と
その際、てふ子がしようとしていたのは西高生を使った〈蠱毒〉だったと話した敦司に、澪は「やっぱりそうか」と溜め息をついた。
「やっぱり?」
「オカルト系で、壺が出てきて、勝ち残りが狩られているとなったら、だいたいそういう話だよ」
敦司はまったく知らなかったが、オカルト界隈では有名な話らしい。
「〈蠱毒〉っていうのは、古代中国発祥の呪術でね。毒蛇や毒虫なんかをひとつの容器で飼育して、共食いの果てに残ったものを神霊として祀る術式が一般的だって言われている。まあ、呪殺目的で毒虫を使っていた場合には、生き残りの毒を対象に盛るっていう方法もあったようだけど……。話を聞く限り、彼女が用いていたのは人間の魂魄だけだし、かといってそれらを祀っていたようでもない。そもそも、呪術として成り立っていなかったんじゃないかな」
「というか……それこそそもそもですけど、毒虫とかを使うべき呪術で、なんで西高の生徒を使おうなんて思いついたんでしょうね」
校内のテストを壺の中での共食いに見立てた、というのは知っているが、そんな発想に辿り着いた彼女の思考回路が理解できない。人は人で、虫は虫だ。決して、同列に語るようなものではないはずなのに。
澪は一時、無表情で敦司を見返し、それからにこりと笑ってみせた。
「わからないなら、それでいいんだよ。健全健康で大変よろしい」
どうも適当に誤魔化された気がしたが、それ以上、尋ねることもできなかった。
ともかくすべては解決して、幼なじみを失う恐怖もなくなった。犠牲となった生徒と遺族には申し訳ないが、敦司にとっては、それだけでじゅうぶんだった。
あとはおとなしく、ほとぼりが冷めるのを待つだけで――
「――ところでこれ、『サークルメンバーが次々と』ってとこですけど、役者の人数が足りなくないですか? 主人公と幼なじみと幽霊役は絶対に個別で必要として、被害者役は、丹原1人を何回も殺しますか?」
すぱん、とノートを叩く叶芽に、敦司は渋く顔をしかめる。ナチュラルに織り込まれてくる悪意がすごい。そこまでされるなにをしたというのか。
小首を傾げた織江が応じる。
「そこはそれ、先輩たちに頼めばいいんじゃない? 3年生に」
「えっ、3年の先輩っているんですか?」
驚く敦司に、澪が「私、次期部長って言ったでしょ」と肩を竦める。
「新学年からは受験対策でほとんど全権委譲されてるけど、一応、現役部長は3年の
「丹原くんにとっては桜井さんは貴重な存在よ。合計5人の3年部員のうち、唯一の男子部員だもの」
「えっ? あっ! ――〈馬〉!?」
馬? と首を傾げる面々に、敦司があの日、演劇部室を訪れることとなった原因たる〈
「完全に桜井さんね。そのテンション」
「完全に桜井部長ですね。馬の被り物、持参してましたもんね」
「あのチラシを作ったのも桜井先輩で、私たちが仮面をつけることになったのも、桜井先輩の思し召しなんだよ」
『仮面をかぶってみませんか』という部活動勧誘チラシの文面を思い出して、ああ、と遠い目をしてしまう。すべてはあの〈馬〉のせいなのか。
(……いやでも、おかげ、でもあるのか)
あのチラシを見て、あの日あの部室に行ったことで、結果、皐月を守ることができたのだ。そう思えば、まだ見ぬ演劇部部長には、感謝を捧げるべきだった。
「被害者役なら台詞や時間を短くできるから、先輩たちも加わりやすくなるわね。あとは、主人公と幼なじみと幽霊と……ねえ、丹原くんはなにやりたい? 今ならどれでも選び放題よ」
話を戻した織江の問いに、敦司は「ええと」と頬を掻く。
今更だが、敦司は結局、この演劇部に入部した。
なんだかんだとかなり世話になってしまったし、皐月のことを思えば、恩人と言っても過言でない人たちだ。恩返しと言うのも大仰だが、自分にできることがあるならば、と考えた結果だった。
とはいえ、入部したてでそんな大役をもらうつもりは毛頭ない。
その旨を伝えようとしたその時、ドアベルの音とともに入店してきた女子高生が目に留まり、「あ」と小さく声を洩らした。気付いた相手が、やってくる。
「お待たせ、丹原くん」
やってきたのは、
その美少女が敦司を名指しであいさつしたことに、すかさず叶芽が食いついた。
「え、なに? 丹原風情が柚羽先輩と待ち合わせ? ハルマゲドン?」
「これくらいで世界は滅亡しないって。今日は渡すものがあったから、部活終わりに寄るねって言ってあったんだよ」
苦笑交じりに弁明して、柚羽は「はいこれ」とクリアファイルを取り出した。
「なになに、なんですか? それ」
「丹原くんに頼まれて描いてた絵だよ。指定はもらわなかったけど、デジタルよりはアナログのほうがいいかなって思ったから、水彩で仕上げたんだけど」
どうかな、と緊張した面持ちの柚羽を前に、敦司はその絵を確認する。
横合いから叶芽が覗き込んできたが放置して、じっくりと見つめて、そして少しの間だけ目を閉じた。瞼の裏に、微かに蝶々が羽ばたく気がして、息をつく。
「……ありがとうございます。すごく……いい絵です」
「そっか。喜んでもらえたなら、よかった」
満足げに笑う柚羽に、敦司も照れくささを隠すように笑い返す。
興味津々の演劇部員たちの間で一通り鑑賞され、称賛され、一部には「丹原風情にはもったいない」とまで評された柚羽の作品は、それでも当然、予定通り敦司のものとなった。
これでようやく、ひとつの区切りをつけられる。
70年にもわたった〈呪い〉に、敦司ができる、これが最後の手向けだった。
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