第13話 脱兎か猟犬か
写真部の部室から一歩出ると、今が温かな陽気に満ちた4月だということを思い出した。風にはまだ冷たさが残っているものの、それも時折、思い出したように吹くだけだ。
陽光降り注ぐグラウンドには、野球部やハンド部の声が響き渡っている。どの部活も、もうすぐ大きな大会の時期になる。練習を途切れさせている場合ではないのだろう。たとえ同校の生徒が2人、校内で死んだ直後だとしても。
「
校舎の方へと連れ立って歩き出しながら、ふたつの尻尾を跳ねさせて
「部活はまだですけど、家庭クラブっていうのに入ったって言ってました」
「あら。じゃあ
「家庭クラブなら、家庭科室か……」
当初、リスト中の名前のひとつが
それは、まったくのでたらめではなかったが、まったくの本音でもなかった。
――怖かったのだ。
もしも
あの紐がついた人間が、二人も死んだ。
それが巻きついた幼なじみの姿など、想像さえしたくなかった。
しかし結局、2対1では勝ち目などなかった。しかも相手は女子で先輩だ。敦司が言い負かせる可能性など、最初から、ゼロ以外のなにものでもないのだった。
「そもそも家庭クラブって、なんなんですか? 家庭科部とは違うんですか?」
皐月に聞いた時から思っていたことを、先輩2人に尋ねてみる。部ではなくクラブと言うからにはなにか違いがあるのだろうが、そこのところが、敦司にはよくわかっていなかった。
2人は顔を見合わせて、揃って首を傾けた。
「そうだね……部活と委員会を足したようなものらしいね。各クラスから1人、だいたい女子が入るようになってるみたいだよ。それ以外は……私も、ちょっと」
「なんか色々やってるわよね。聞くたびに違うことやってて、正直よくわかんないレベル」
「そ、そうなんですか……」
そうしてグラウンド脇を過ぎ、教室棟を回り込んで中庭に入ろうとした時だった。
職員室がある方の通路から中年の男性教諭が出てくるのが見えたと同時に、織江がぴたりと足を止めた。
「――やばっ! 折口先生だ! ごめん澪ちゃん! 逃げる!」
「えっ」
「ああ」
驚いたのは敦司だけで、澪が軽い了承の声を洩らすより先に、織江はすっ飛ぶようにしてどこかへ走り去っていってしまった。
その様『脱兎のごとく』と言うべきか、それを追う猟犬のような雰囲気がある彼女に対しては、もっと別の表現があってもよさそうだとか。
そんなことを頭の片隅に、敦司は傍に残ったもう一人に、答えを求める。
「ど、どうしたんですか? 織江先輩……」
「ちょっとね。たかだか16年でも生きていれば、笑顔で向き合える相手ばかりじゃないってことにもなってくるというかなんというか……そういうあれだよ」
歯切れの悪さに、ほとんど同じ目線の相手を見遣る。
それを受けて、澪はより簡潔に言った。
「色々あるんだよ。誰にだってね」
「……はあ。なるほど」
それ以上の追及をする気にもなれず、敦司は1人になった同行者と並び、なにも気付いていなさそうな男性教諭とすれ違った。知らない顔だ。しかし、敦司にとってそれは、別に珍しいことでもなかった。
敦司は、人の顔を覚えるのが苦手だ。生まれた時から住んでいる家のご近所さんでも、よほどの関わりがない相手は、未だによくわからない。後から親に確認して、呆れられるのも日常茶飯事だった。
(この人たちに関しては……最初のインパクトがひどかったから)
隣を歩く〈元・翁面〉を、ちらりと見やって思う。
あの仮面の人、この仮面の人、と思っているうちに、気づけば全員覚えていた。女子の顔なんて、正面からまともに見られない代表格だったはずなのに。
そんなことを考えながら中庭を横切り、あの掲示板の前にやってくる。
今もまだ、そこにはテスト結果が張り出されていた。3年の文理のトップには、一点の汚れもなく、きちんと2人分の名前が書かれている。赤い
「……見える?」
「……見えないです」
同じことを考えていたらしい澪に、首を振って返す。
「〈赤い紐〉は見えるけど、〈赤い線〉は見えないか……。どういう基準なんだろうね、きみのそれは。そもそもどうして……」
掲示板を見上げたまま呟いていた澪が、ふと口を閉じる。向かう先だった家庭科室に続く廊下の奥から、こちらへ走ってくる人がいたからだ。
すっと道を譲った澪と、慌ててそれに続いた敦司のすぐそばを、その人は脇目もふらず駆け抜けていく。その時――
赤い色が、目を掠めた。
「ッ!」
「どうかした? 丹原くん」
思わず息を呑んだ敦司を、澪が振り仰ぐ。しかし敦司はその色を、それをまとわせたまま過ぎていく女子生徒から目を離さず、無意識のうちに呟いた。
「あの人――」
「
視線の先を追った即座の断定に、思わず息を呑む。
一方、澪は間髪入れなかった。
「見える?」
「……見えます」
なにがとは言わない問いに、なにがとは言わずに答える。
けれど双方とも、その意図を違えさせることなどなかった。
血色の紐が、
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