ひらり、ひらり

朝凪 凜

第1話

「私、旅をしようと思うの」

 突然そう言いだしたのは平田ひらた浅見あさみ。高校2年生だった。

「なんでまた」

 向かいで問うたのは同じく高校2年生の遊田ゆだ芳江よしえ

「自分を探したい!」

「ここにいるぞ」

 ぐっ、とガッツポーズをした浅見に丁寧に突っ込む芳江。

 ホームルーム前の宙ぶらりんな時間。

「自分探しってやつをやってみたいの」

「へぇ、なんでまた」

 相槌も適当になってくる。

 それには気づかないのか、浅見は自分の中に入っていく。

「自分はこのままでいいのだろうか。他にもやりたいことが眠っているんじゃないか。無意識の内にやりたいことの選択肢を外してしまっていないだろうか。自分の内にある心の強さと弱さのどちらが勝つのか――」

「強さじゃない?」

 聞いてられなくなったのか、茶々を入れる。

「そんな適当に流さないでよー。もっとこう……親身になって?」

 芳江の手を両手で握って懇願する。

「えぇ、だって明らかに面倒くさそうじゃん」

「そんなことはないよ。旅をしたいの旅を。イケメンと」

 はたと気づいた、いや前々から気付いていただろうけれど、今の一言で確信した。

「なんのテレビ見たの?」

「家族に乾杯」

「あー……、この前誰だったの?」

「瀬戸君。いいよねー」

 にへらー、と浅見が横向きに机に突っ伏す。

 それをしばらく眺めていると、浅見が我に返って再びまくし立てる。

「だからね。私も自分探しをしたいの。旅をして、途中の宿でのんびりしているところに桜の葉が落ちてくるの。

 落ち葉がくるり、くるりと。

 葉の茎をまわる、まわる――」

「川中にふわり、ふわり」

「見てたなー」

「いいじゃんー」

 二人して片手でちょっかいを出しながらにやにやしてると、

「よーし、桜の木を探そう」

 浅見が改めてガッツポーズをする。

「ん? 桜餅食べるの?」

 意味が分からないという風に訊ねる。

「さくらんぼを取って食べるの」

「桜の木から?」

「うん」

 何を当然のことを言っているのかという風に浅見は頷く。

 そして、芳江はやっぱり意味が分からないという顔をしつつ答える。

「さくらんぼって桜の木には成らないよ?」

「えぇっ!? じゃあなんでさくらんぼなの?」

 驚きのあまりその場で立ち上がってしまって、周りにへこへこしながら座り直す。

「さあ、それは知らないけど、学校の近くの桜並木にはさくらんぼ成らないでしょ」

 いわゆるソメイヨシノのような一般的な『桜』には実がならないので、そう答えるのも間違いではない。

「あーそっかー。さくらんぼ……」

 今日一日の絶望を詰め込んだようなしょんぼりをして再び机に突っ伏す。

「あーもう、結局食べ物だし、目的も見失っちゃってるし」

 今までの振りはこれだったのかと呆れてしまった。

「これじゃあ自分探しもできないね」

「うまくない!」

 してやったりという顔をしながら浅見が満面の笑みを浮かべ、気づけばホームルームの時間になっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ひらり、ひらり 朝凪 凜 @rin7n

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ