35 報道発表

「今、習志野氏が姿を現しました! 後ろには舞浜国際渦港の塩見主任が同伴しています。これはいったい、どういうことなのでしょうか!」

 メディアは群をなして塩見達を取り囲んだ。舞浜国際渦港のロータリーと本棟を結ぶゲートは、取材陣で埋め尽くされてしまった。おぞましい量のフラッシュが焚かれている。そこで歩みを止めた習志野が一体何を語るのか、その第一声が注目されていた。

 習志野は軽く手をあげ、自身に注目するようアピールした。そして深呼吸し、極めて落ち着いた様子で、話し始めた。

「此度の騒動、弊社職員が被害に遭った件で、国民の皆様に多くのご心配とご迷惑をおかけいたしましたことを、最初にお詫び申し上げます」

 習志野が頭を下げると、またしても凄まじい量のフラッシュが炊かれた。取材陣は一言も話さず、その言葉を聴き逃しまいと必死だ。

「現時点におきまして報道されている内容について、私から改めて説明いたします」

 習志野は毅然とした態度で続けた。

「その夜、弊社の主要店舗である飲食店のフロアスタッフが、これは異世界人、エルフ族の女性でありますが、その退勤後に自宅へ向かう途中、新舞浜駅付近で男に声をかけられ、ホテルへ向かい、そしてそこで、本人の同意の無い、性的行為の強要を受けたという点について、まず事実であることを肯定いたします。その際、魔法を行使したのではないか、という報道がなされておりますが」

 取材陣のマイクがより一層深く差し込まれる。何十本というマイクが、習志野の額に触れるほどの距離にあった。習志野は動じることなく、続けた。

「これはハッキリと否定いたします」

 取材陣がざわついた。閃光の中、取材陣の「会見と違う!」という声が届いた。

「ですが」

 習志野はそれに割り込むようにして言葉を仕切り直した。

「魔法を行使しなかったことが原因で、容疑者に対し、怪我を追わせたということは事実でございます」

 その言葉についに黙っていられなくなった取材陣が、いたるところから声を投げた。「魔法ではないと何故言い切れる」「詭弁ではないか」「それで国民が納得するのか」と、息つく暇もない。

「そこは私が説明します」

 塩見が手を挙げると、取材陣のマイクは一瞬にして塩見の眼前へと向けられた。

 塩見は丁寧に説明した。エーテルの存在、彼らの生活にはなくてはならないもの、エーテル被害者は樹木化してしまうこと、そしてそれがエーテルの暴走によって起こること。塩見は、検見川が会見で語ったことに齟齬がでないように細心の注意を払っている。

 一方、取材陣もそれに真剣に耳を傾けている。今回の騒動で、塩見が「異世界からやってきた日本人」という事実は知れ渡っていた。誰よりも異世界の文化に詳しい日本人が語る事実は、国民の誰もが知りたかったこと。他の誰でも無い、塩見の口から聞きたかったことだった。

「このような事故が再び起こらないために、舞浜国際渦港はより厳しい審査基準を設け、エーテル暴発の危険性の流入を食い止める、ここまでは、検見川が説明した通りです。ですが、それだけでは不十分です」

 遠くの記者が「異世界混血児の危険性はどうなんですか」と叫んだ。その問題に気がついていなかった多くの記者が、一瞬で沸き立った。塩見が再び手を挙げると、聴取は息を飲んで耳を傾けた。

「これは幼少の頃より教育を施すことで、防ぐことができる事象であるとわかっています」

「そこで皆様にお伝えしたいことがあります」

 今度は習志野が取材陣を遮るようにして言った。マイクが一斉に習志野に向けられる。

「私が資材を投資して建設中の保育園と小学校の併設物件ですが、これを異世界混血児専門の育成機関にすることを宣言いたします」

 取材陣は沸き立った。あらゆるところから質問が投げかけられている。そこには秩序もなにも無い。記者も個人としての言葉を発してしまっている。理解して安堵した者、魔法の存在に驚愕するもの、本当に安心なのかと不安になる者。情報の最先端にいながらにして、その解釈は割れた。無理もない、今までその存在すら確認できていなかったものが肯定され、その対策までもが講じられたのだ。

「なぜそこまでなさるのですか」

 声の通る女性記者が聴いた。取材陣の関心は一瞬にして再び習志野に向けられた。この問題を前にして、なぜこの男がそれを背負い込まなければならないのか。多くの国民が知りたいことだった。

 習志野は、一呼吸置いてから、言った。

「私の孫が、異世界混血児だからです」

 一瞬にして、静寂が訪れた。想像を超えた事実に、みな言葉を失った。

 習志野に普段の鋭さは無くなっていた。彼を包むは空気は、どこまでも穏やかだ。今、この男の放つ雰囲気は北の風俗王と言われた偉人ではない。一人の、祖父としての顔だった。

「愛おしいのです。愛らしいのです。生まれてきてくれてありがとうと、心から思える存在です。私は彼女に幸せに生きて貰いたい。そう思わずにはいられないのです」

 顔にいっぱいの皺を寄せて笑う習志野。子を持つ喜びを、親であるなら誰もが知っている。その幸福で満ちた習志野の笑顔は、国民を納得させるのに十分なものであった。

「もちろん苦難もあるでしょう。ですが私は彼女が幸せに生きていける道を探すためならば、惜しむものはありません。すべての国民が安心して彼らと接することができるように、私は最善を尽くすつもりです」

 その笑顔に、フラッシュが焚かれた。現場は完全に習志野新に同調していた。塩見はその中で手をあげ、一台のマイクに向かって言った。

「そしてその活動を、私は支援いたします」

 塩見の言葉で、再び取材陣が湧いた。

「それは個人のお言葉ですか、それとも舞浜国際渦港としての言葉ですか!」

 先程のよく通る女性の声が響き渡った。

 異世界人専門の学校の建設。それを渦港の人間が支援を発表する。どちらも、習志野と塩見が個人で決めたことだった。公の場で言っていいことじゃない。だが、今国民の信頼を得るなら、異世界渡航歴最長の自分が名乗り出るしかない。それが例え渦港の方針と異なるとしても。塩見は処分を覚悟の上だった。この事件の幕引きに、自分の入国審査官としての人生すべてを、賭けてやる。

「それは――」

 塩見が口を開いた瞬間だった。

「それは舞浜国際渦港としての言葉です!」

 遠方から声が聞こえた。力強く、迷いなく肯定したその声の持ち主が、拳を握りしめて颯爽と歩いている。それは、検見川だった。その後ろには、それを引き止めまいとする本千葉の姿が見える。

 検見川は本千葉を振り切ると迷いなく取材陣に割って入り、塩見の横に並ぶと、眼鏡を直して言った。

「今の塩見主任の発言は、舞浜国際渦港としての発言です。舞浜国際渦港は、異世界に関わった長年の経験を活かし、今こそ異世界人の人権および国交正常化を目指すべく、第一歩として習志野氏の活動を全面的に支援いたします」

 力強い検見川の言葉が、取材陣のマイクに乗った。凄まじい数のフラッシュが焚かれるなか、笑顔で振り返った検見川は、本千葉を見て言った。

「ですよね、本千葉支配人」

 その言葉によって、全取材陣の注目が本千葉に向いた。面食らっている本千葉に、人の波が押し寄せていった。本千葉には取材陣から称賛の声が向けられている。「素晴らしい決断をされましたね」「いつからお考えだったんですか」と詰め寄られ、もはや検見川の発言を否定できる雰囲気にない。本千葉は汗を拭いながら、それらしいことを言っている。

「検見川課長」

 気がつけば、周りに取材陣はいなくなっていた。

 塩見は、検見川の横顔に、深々と頭を下げた。

「ありがとうございます」

 塩見は自分のクビを覚悟していた。事態の沈静化のために、会社を裏切ることになるかもしれないことを覚悟していたのだ。

「ふん」

 検見川は再び眼鏡を直して言った。

「勘違いするなよ。別にお前の為にしたわけじゃない。この際だから言っておくがな」

 検見川は頭を下げ続ける塩見を残し、取材陣の方へ足を進めていく。そのすれ違い様、塩見の背中を叩きながら、言った。

「正義を指針にしているのが自分だけだと思うなよ」

 そうして検見川は取材陣の中に割り込んでいき、本千葉の擁護に入った。

「いい上司だ」

 立ち尽くす塩見に、習志野が声をかけた。

「これは、あなたを引き抜くのは難しそうだ」

 二人は、取材陣に機敏に答える検見川を見つめている。塩見は肩を竦めて、笑った。

「白髪の原因を押し付けてくるような上司ですがね」

 その言葉に、習志野は天を見上げて大笑いした。

「誰しも、欠点の一つや二つ、ありますよ」

「そう、ですね」

 二人は再び向かい合い、力強く握手した。

「これからも道は長いですぞ」

「じゃあまだまだ死ねませんね、習志野さん」

「何を」習志野は鼻で笑い、「あと三十年は倒れるつもりはない」と言った。

 塩見は思った。この習志野となら、日本を変えていけるのではないかと。

 

 その時だった。

 一台の車が急スピードでロータリーに入ってきた。その車に、塩見は身覚えがある。急ブレーキで停車した車の後部座席の扉が、そっと開いた。そして中から出てきた人物に、塩見は目を見開いた。

「あなたは……!」

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