11 初キャバクラ
店内を案内され、席につくなり、蘇我が言った。
「五人確認。リストナンバー3、5、9、11、12、23」
「もう見つけたのか」塩見が言うと、蘇我は顎で方角をさし、耳打ちした。「そんで二人、8と24」
見れば、露出の多いドレスを着た女性が二人、こちらに向かってくる。一人は猫人族、もう一人はエルフだ。二人は流れるように挨拶をした。
「ヨシ君! また来てくれたのー?」
うち猫人族の女が、蘇我に抱き着いた。
「また会いたくなっちゃってさ。ソラちゃんに」
「やだーもう、うれしいーい」
ソラと呼ばれた女は猫なで声で蘇我の胸板を撫で、その太ももに尻尾を絡ませている。車内で蘇我の言っていた女だ。どうやら蘇我のお気に入りらしい。
「よろしくお願いします」
塩見の横にはエルフの女が座った。水のように透き通る直毛の髪が、照明に煌めいている。ダイヤモンドのような双眸と、目が合う。
「こんにちは。ルレアです」
その女の表情は硬い。そして見るからに若い。リストナンバー22、チョコ・エク・ルレア。直近に入国してきたエルフ。その年齢は、132。塩見は思わず目をそらし、会釈した。
「ソラでーす。その子、新人さんなんです。優しくしてあげてね」
ソラが身を乗り出し、人差し指を唇にあて、半眼して言った。その胸部が押し付けられている蘇我は早くも鼻の下を伸ばしている。
「ソラちょあん。俺達が女の子に優しくない訳ないでしょー?」
「ええー? でもヨシ君は、女の子みんなにそうなんだよね」
「そうだけどー、ソラちゃんは特別」
「もー、ヨシ君ったら」
蘇我はノリノリだった。心底楽しそうな所が塩見にはうっとおしい。
「すみません、自分もこういうところは初めてで」
横で俯いているルレアに話題を振れば、はっとしたように此方を振り返る。
「そう、なんですか」
「ええ。恥ずかしながら。みっともない限りです」と塩見が肩を竦めると、ルレアは安心したように「そうですか」と言った。
「ええー! お客さん、初めてなんですか?」またもソラが身を乗り出す。
蘇我が代わりに答える。「そー、聞けば行ったことないって言うんで、俺が連れてきちゃいました。ねー、塩見専務」
「すごぉーい! じゃあ偉い人なんだ」ソラが続ける。「じゃあ、楽しんで貰わないとね。ほら、ルレアちゃん、メニューをお見せして」
ソラのアドバイスに、慌ててメニューを取り出す。その動作はやはり何処か幼く、保護欲を駆られるものだった。
「あの、すみません、お酒は」
やっとで開いたページには、有名なカクテルが並んでいた。価格は意外と良心的だ。
塩見は頭をさげ、「今日は車でして」と言うと、ルレアはまたもはっとしたようにページをめくった。
「こちらなら、アルコールは入っていませんよ。これ、とかおいしいです。私も大好きです」
と、ぎこちなく指さす。塩見は「じゃあそれを」と答えた。
それから暫くは、塩見には居心地の悪い時間だった。
隣のルレアとは話に花が咲かない。こちらが無愛想なのもあるが、ルレアも相当な不慣れだ。一番の要因は、楽しそうではないということだ。蘇我につくソラという女は、プロ意識こそあるだろうが、楽しそうには見える。
また塩見も話題に集中できないのもその一端だった。この子の就労動機が見えない。楽しいというのは百歩譲っても、お金を稼ぐのが目的であるなら、モチベーションも違ってくるはずだ。
しかし彼女は、あまりお酒を飲まなかった。目下、消費しているのは蘇我とソラ。あちら側が日向なら、こちらは日陰だ。酒を出さなければ店の売り上げにならない。客に飲ませるか、飲めない客なら自分が飲む。この世界に疎い塩見でも、それくらいのことは分かった。
「つまらないことを聞いてもいいですか」
たまらず、塩見が聞いた」
「なんでしょう」
「お仕事、楽しいですか?」
その質問に、彼女の瞳孔が開く。その手からグラスが滑り落ちそうになったところを、塩見は受け止めた。
「すみません、私、どんくさいですよね」
「いえ、こちらが変な質問をしたのがいけないのです」
俯く彼女の手からグラスを受け取り、テーブルに置く。
「私、こちらに来たばかりで、こうして日本語を話すだけでも精いっぱいで」
「お察しします。日本語は難しいですから」
「塩見さんは優しいですね」
ルレアは笑った。それには憂いがある。
「こんな感じですから、初日にお客様に怒られてしまって。それ以来、どうも日本人の男の人が怖くなってしまって」ルレアはそこまで言ってから、「あ、でも塩見さんは怖くないんです」と両手を顔の前で振った。
「そうですか」塩見が続ける。「でも騙されちゃあいけません。悪い奴ほど、初対面では印象がいいものです」
「そうなんですか?」
「そういう連中を、詐欺師というのですがね」塩見はドリンクを飲み干して笑う。
ルレアは「覚えておきます」を言って笑った。
「ところで最後にもう一つ」
「なんでしょう」
塩見は軽く回りを見まわしてから、手招きする。無警戒に近寄るルレアに耳打ちした。
「
ダイヤモンドの双眸が見開いた。
「
驚く彼女の前に人差し指を出し、静止する。
「
「それは……」
ルレアが言い淀んだその時だった。
「ええー! 本当!?」ソラが言った。「それなら、私もがんばっちゃおっかな。早速呼んで来るね」
ソラが立ちあがり、ルレアに手招きしている。塩見と目があったが、結局何も言わずに行ってしまった。
「何があった」
塩見が聞くと、蘇我は自慢げに鼻を鳴らし、肩に腕を回してきた。
「名前と特徴を伝えたら、一致する子が三人いるってね。高い酒をたくさん頼むから連れてきてくれって言ったら、この通り」
「遊んでいただけじゃなかったんだな」と塩見が言うと、「当たり前じゃないですか」と蘇我。
「しかし、少ないな」塩見は続けた。「リストは二十五人。その三人を合わせて十人」
残った酒を一気に飲み干してから、蘇我が言った。「一つはシフト制、時間なのか日付なのか。もう一つは、下っすね」
「下?」呆ける塩見に、蘇我は親指を立て、上下逆さまにしてから言った。「地下一階のVIPフロア。通称、アンダー・リゾート」
「どうやったら行ける?」
塩見が問うと、蘇我は再びニヤリと笑った。
「お得意様になることっすね」
そして数名の異世界人が席に座った。
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