9 嫌疑リスト

 塩見はカウンターに立ちながら、モニターを睨みつけていた。

 斜光フィルター越しに写る画面には、過去の来日者リストが表示されていた。日付順に、だれがどんな用事でここを訪れたのかが、全て電子記録化されている。塩見はそれらに目を凝らし、気になることをメモに取っていく。そしてひとしきり終わったところでメモを見返し、眉間を押さえた。

 塩見が調べていたのは、ここ数か月の就労先情報だった。気になるのは、水商売・風俗店への就労だ。そしてその数は増えている。中でも、ニュー・アンダー・リゾートへの就労数は倍近い推移となっていた。

 新舞浜の土地面積は広くない。その中で、そういった店を展開可能なエリアは限られている。新たな店もオープンしていない。にも拘わらず、就労者は増加の一途を辿っている。これは明らかな異常だった。

「なぜ気が付かなかった」

 数年前と違い、法整備などもされた現在、異世界からの来日者数は安定している。そのうち、就労目的は平均すると日に十人。在日労働者は増加を続けているが、とはいえその領域は限られているから、需要に対してはむしろ多すぎるくらいだ。その中で、水商売の就労割合だけがその領域を増やしているのは、どういう訳か。

 あのチラシに原因があるのは明白だ。だが、それだけではない気がする。

 これだけは言えるのは、そこに需要があるということである。行政や世間が把握していない新しいビジネスが、そこに生まれているかも知れないということだ。そんなもの、違法に決まっている。 

 データをさらに深堀すれば、何かわかるかもしれない。しかしそれは塩見には不可能に思えた。膨大な顧客データから、特定の関係性だけを見つけ出す。ビッグデータから一つの可能性を発見できるのは、データサイエンティストか、高度なAIだけだ。

「いくしかないか」

 この目で確かめるのが早い。理屈でない部分で、こういう時は感性を信じるに限る。現地に赴けば、それを肌で感じることができるはずだ。

 塩見は同僚に受付業務を任せ、席を立った。職員通路を抜け、管理事務室の扉を開けると、検見川の机の前にたった。

「だめだ」

 経緯を説明し、渡航の意思を伝えようとした時、遮るように検見川は言った。

「なぜです」食い下がる塩見に対し、

「なんでもだ。理由は説明しない。説明してもお前は納得しない」と検見川は頑なだ。

 塩見には理由がわからなかった。渡航許可が切れている訳でも、有給が足りていない訳でも、職員配置に問題がある訳でもない。環境は全て整っている。少なくとも検見川は、それを理解した上で塩見を引き留めているのだ。塩見は憤った。

「ですがこのままでは」

「それはお前の仕事ではないと言っているんだ!」

 検見川の怒号が部屋を震わせた。察した事務員がそっと部屋から出ていくのが分かった。静寂が二人を包んでいる。

「塩見。お前は探偵か」

 重苦しい空気の中、検見川が言った。塩見は首を振った。

「じゃあ、警察か。それとも何か、正義の味方か」

「自分は、舞浜国際渦港入国審査官です」

「そうだ。お前は審査官だ。うちの大切な職員だ。そして」検見川は眼鏡をはずし、塩見を睨みつけ、言った。「、世界で唯一の入国審査官なんだよ」

 その言葉に、塩見の瞳から光彩が失われた。

 検見川は続ける。「お前の境遇には同情する。前にも言ったが、俺はお前の価値観を否定しない。だがな、それ以前に、お前は日本の入国審査官なんだ。探偵でも、警察でも、正義の味方でも、そして復讐者でもない。お前はただ、そこに現れる異世界人を厳正に審査すればいいんだ」

 無言が続いた。

「……それでも俺は」塩見が言った。「この事態を見過ごせません。入国審査官として、入国者を適正に管理する必要があります。この傾向は、ほころびが出始めているのだと考えるべきです」

「であれば、審査基準をより厳格にするように法務省に」

「それでは間に合わないと言っているのです!」

 今度は塩見の怒号が響き渡った。

「これは日本の問題です。検見川課長」

 塩見の双眸そうぼうが検見川を射抜く。無言の時間が続いたが、やがて検見川は首筋を掻き、言った。

「全く、頑固者にも程がある。説得している時間がもったいない」

「では」顔が緩む塩見に、検見川が静止する。「勘違いするなよ。俺はお前の異世界行きも、急な休暇取得も、認めたわけじゃない。管理監督者として容認できない。それは変わらない」

 検見川はそう言って引き出しを開け、一枚のプリントを取り出した。

「くだんのエルフが持ってきたチラシについて、県警に相談した。そしたら、一人貸してやる、と言ってきた」

 プリントは調査協力の覚書きだった。千葉県警の書式だ。

「我々入国審査課として、入国させた異世界人が申請通りの就労を真に行っているかを知ることは、業務の一貫として疑う余地はない」

 そう言うと、検見川は引き出しからさらに数枚のプリントを滑らせた。そこには異世界人の数名が写っている。

「ここ数年の対象者をピックアップしてある。そいつらが果たして今本当にそこにいるか、その目で確かめてこい」

 そのリストに共通している項目。それは、就労先情報だった。目立つようにマーカーが引かれている店の名前は、ニュー・アンダー・リゾート。

「行ってこい、塩見」

 塩見は深々を頭を下げたのち、プリントを胸に抱え、足早で部屋を出て行った。

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