第41話 今とこれからと
「そうですレン様」
「ん、どうかしたかリィシャ」
冒険話をしながら、優雅にティータイムを過ごしていた俺たち3人。
そのどこかほのぼのとした優しい雰囲気に心落ち着かせ、パーティーのことなどすっかり忘れてしまっていたそんな頃に、この国のスマイル王女様は、突如こんなことを言い始めたのだった。
「ダンスパーティー、私と踊ってはいただけないでしょうか?」
「……えっ?」
彼女がその一言を世に放った瞬間、辺りの空気は一気に凍りつき。
先ほどまでの雰囲気が嘘だったかのように、殺伐とした気配が漂う。
「踊るって……俺とリィシャがか?」
「はいっ!」
あまりの急展開に聞き返すも、言い出しっぺのリィシャは笑顔一色。
それに対しそのやりとりを黙って眺めていたアマネさんはというと……。
——グヌヌヌヌヌ……。
みたいな感じで、露骨に顔を強張らせていた。
「本気で俺と踊るつもりなのか?」
「もちろんですっ。そのためにこうしてお呼びしたのですから」
そう言うとリィシャは、心なしか含みのあるような顔になった。
どうやらこの様子だと、この流れもこの子の計画のうちなのだろう。
改めてその用意周到さには関心……いや、恐怖さえも覚えてしまいそうだ。
「いかかでしょう、レン様っ」
「んん……」
返答を余儀なくされる俺は、1人この張り詰めた空気に圧倒される。
目の前からはリィシャの眩しい視線が一直線に刺さり、すぐ隣からはアマネさんの重々しい視線が、ダイレクトに俺の心をえぐる。
おまけに背後からは、リィシャ姫の今後を見守るメイドさんたちの熱い視線が、これでもかと俺に向けて放たれていた。
(どうする……)
素直にこの誘いに乗っかるべきか。
それとも立場をわきまえて断るべきか。
状況から判断すると、後者を選んだ方が副作用が少なくて済む気がする。
しかし王女の誘いを断るとなると、それ相応の理由が必要になるだろう。
(んんんん……)
しかし今の俺には、それらしい理由を用意できる自信がない。
「先約があるので」なんて軽々しく断ってしまえば、おそらく俺の背後にいるメイドさんたちが黙っていないだろうし、幼馴染とはいえ王女であるリィシャの誘いを断るなんて、とてもじゃないが一般人である俺にはできない。
ならば——。
「お、俺でよければ、相手になるよ」
「本当ですか!? とっても嬉しいですっ!!」
「あはは……」
俺は死を覚悟で、アマネさんを切り捨てるしかなった。
きっとこれで、いつも通り彼女の機嫌は最悪まで落ち込むだろうし。
ダンスを教えてくれたルルネのことを、裏切ってしまうことになる。
「それではレン様っ! 早速会場に戻りましょう!」
「あ、ああ……」
しかしまあ。
人間何から何まで全てこなすなんて無理なわけで。
こんな窮地に立たされれば、こうなってしまうのも仕方のないことだ。
「ささっ、レン様早くっ!」
なんて思考にたどり着いた俺は、すこぶる性格が悪いのだろう。
とりあえず今は、帰り際のアマネさんがどんな顔をしているのか。
それだけが気がかりで、とてもじゃないが冷静でいられるわけもなかった。
* * *
「リィシャ王女と踊っているやつは誰だ?」
「見たところ一般の冒険者のようだが……」
やがて始まった、パーティーを締めくくる社交ダンス。
優雅で穏やかなリズムの音楽に身体を乗せ、会場にいた大勢の出席者たちが一斉に手を取り合い踊り出す。
もちろん俺とリィシャも、例に漏れずステップを踏み始めたわけだが。
無名の男がこの国の第一王女とダンスをしているというだけあって、その注目は想定していた以上に大きかった。
「レン様? どうかされたのですか?」
「ああいや……」
しかし今の俺にとって、その注目なんぞは全く意識の範囲外で。
それよりも気になっていたのは、視界に入る場所で踊っていたなんとも温度差を感じてしまう、とある男女2人組のことだった。
「あはは、あはは、あははははっ!」
「ギギギギギギギギ……」
悪魔のような目つきをしている女性(アマネさん)をリードするのは、直視できないほどにまばゆい光を全身から放つ、冒険者ギルド最強にして例を見ない変人であるミッチェルだったのだ。
「さあ行くぞ剣姫殿。そーらクルッと!」
「ギギギギギギギギ……」
(本当すみません……アマネさん……)
思わず涙しそうになるほどに、その光景は痛々しくて。
そんな空気を察したのか、誰1人として彼らのダンスを見る人はいなかった。
「これがまさに最高のダンシングレボリュュュュションッッッッ——!!」
* * *
「……あの、本当にすみませんでした」
パーティーからの帰り際、一切会話のなかった俺たち。
その重く険しい雰囲気に耐えきれず、俺は恐る恐るそう声をかけた。
「アマネさん、俺をダンスに誘ってくれるつもりでしたよね」
「…………」
「なのに結局踊れず終いで……本当すみません」
パーティーに同行している立場として、女性であるアマネさんをエスコートするのは、間違いなく俺の役目だった。
なのに俺は目の前の誘いを断ち切れず、結局アマネさんをあんな変な人とダンスさせるは前になってしまったのだ。
こんなこと、ルルネに知られたらどうなることか。
想像するだけも、恐ろしくて背筋が凍りそうになる。
それくらいに今日の俺は、失礼極まりないダメな奴だった。
「この埋め合わせはいつかしますので……あの……」
許してくださいとでも言いたいのだろうか。
だとするなら本当に、俺はろくでもない人間だ。
今アマネさんの許しを欲してどうする。
それよりも別にやることがあるんじゃないのか。
彼女をちゃんとエスコートできなかったことを恥じて。
今後そうならない、そうさせないような姿勢を彼女に示す。
それが1人の男としてつけるべきけじめなのではないかと。
そう俺は思っていたのだが——。
「レン」
不意に名前を呼ばれ、俺は俯いていた顔を上げた。
するとそこには、あろうことか優しい表情のアマネさんがいた。
思わず見入ってしまいそうになる程、優しくて可憐なアマネさんが。
「やはりレンは、私の見込んだすごい男だ」
「……えっ? それってどういう……」
「同じFGの仲間が王女の相手をするなんて、誇らしくて仕方がないぞ」
そう呟くアマネさんは、間違いなく微笑んでいた。
それも無理して作ったような、偽りの笑みではなく。
心からそう思っていることがわかる、ギルドマスターとしての笑み。
「私の相手をしてもらえなかったのは正直残念だが、それでも私は嬉しいんだ」
ずっと馬鹿みたいに考え込んでいた自分を殴ってやりたい。
そんな思いにかられるほど、今のアマネさんは寛大だった。
ギルドマスターとしての趣。
そして冒険者ギルド最強の剣士としての趣。
そのどちらもを感じさせる優しい笑みは、俺の心を瞬く間に包み込み。
気づけば俺は、そんな彼女から目を離すことができなくなっていた。
これが高嶺の花と言われる
そう思い始めた頃にはすでに、彼女の顔は俺のすぐそばにあった。
「だからレン、これからもよろしく頼むぞ」
「……アマネさん」
頭に優しく手を乗せられ、思わず俺の頬は高揚した。
こんなにも彼女が美しいと思ったことが過去にあっただろうか。
こんなにも心臓の鼓動が激しく揺れ動いたことがあっただろうか。
(もしかして俺……)
そう考え始めた時には、アマネさんは背を向けていた。
歩くその姿さえも絵になる彼女は、やはり高嶺の花なんだと。
ここへきて改めて実感させられたような。そんな不思議な1日だった。
「何をしている。早く来ないと置いて行ってしまうぞ?」
「すみません、今行きます!」
俺にベタ惚れな剣姫様は、ギルドで最強の高嶺の花 じゃけのそん @jackson0827
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