第40話 知られてた過去
「さあお2人とも、遠慮なさらずにっ」
そう言われて俺たちは、高貴な木彫りの椅子に揃って腰を下ろした。
丸いテーブルを囲うようにして座った俺たちの背後には、ひらひらの服を着たメイドさんらしき人の姿が3人ほどあって、何も頼んでないのにもかかわらず、迅速に紅茶の用意をしてくれていた。
「えっと、リィシャ。ここは一体……」
「こちらは私の私室になりますっ」
「私室……ってことは、リィシャの部屋ってことか?」
「はいっ!」
ようやく現状を理解した俺は、慌てて部屋の中をキョロキョロ。
すると確かにこの部屋は、一風変わってメルヘンチックな雰囲気だった。
ベットやソファーなどは、可愛らしい花柄や動物の柄に包まれていて、部屋の所々にクマやウサギなどのぬいぐるみが置かれているのも見える。
それに加えて窓辺には、縁を囲うようにして色とりどりの花たちが飾られていたので、気づくと俺は、この華やかな部屋の光景に見入ってしまっていた。
「普段はもう少しぬいぐるみなどを置いているのですが。今日はレン様が来るということで、頑張ってお片付けしました」
「もう少し……ってか、俺が今日来るって……?」
「うふふっ」
なぜ俺が来ることを知ってたんだ? と思い、リィシャに視線を移したところ、誤魔化すように笑われてしまったので、そういうことかと俺は納得する。
会場で俺を探し回っていたあたり、リィシャは俺がパーティーに出席することをあらかじめ知っていたのだろうが、どうやらお茶の誘いをするところまで、彼女にとっては計画のうちだったらしい。
「にしても、よくあの人混みから俺を見つけられたな」
「当然です。レン様がどこにいたとしても、私にはすぐわかっちゃいますから」
「いや、なんか怖いからやめてくれ……」
そう言いつつ嘆息する俺に、リィシャはケラケラっと笑って見せた。
この国の第一王女である彼女に、この手の冗談を言われると、なぜか背筋が凍りつくような感覚に見舞われるのだ。
「ところでっ。お2人ともお食事はお済みになられましたか?」
「あ、ああ。食事なら少し前にパーティー会場で……」
「もしよろしければ、ご一緒にシフォンケーキなどはどうでしょう! 甘くて紅茶にもピッタリなのですよ!」
「……え、えっと」
かなりゴリ押し気味に勧めてくるリィシャ。
個人的にはこれ以上美味いものを食べるのは避けたいが。
「どうしますかアマネさん」
「……食べる」
うちの剣姫様に尋ねたところ、不機嫌そうな声で「食べる」と言われてしまったので、仕方なく俺も付き合うことにした。
「それじゃ頂こうかな」
「よかったっ! 今お持ちしますねっ!」
そう言うとリィシャは、近くにいたメイドさんにスマイル一つ。
するとほんの数秒足らずで、トレイに乗せられたシフォンケーキが俺たちのテーブルへと運ばれて来た。
しかもそれを見たところ、ちゃんと人数分に切り分けられていたので、どうやらこのやり取りさえも、リィシャの計画のうちだったらしい。
「どうぞ召し上がってくださいっ」
この王女様はどこまで用意周到なんだと思いつつも、俺は恐る恐る綺麗にカットされたシフォンケーキをフォークで掬い、一直線に口へと運んだ。
「ん、美味いなこれ」
「それはよかったですっ」
すると当然のごとく味は美味で、無意識のうちに二口目を食べてしまうほど。
食感はしっとりしていて、一般的なシフォンケーキと比べてもパサパサ感が全く感じられない優しい舌触りだった。
「アマネ様、いかがでしょうか?」
「……お、おいひいです」
「まあっ! それはよかった!」
おまけに不機嫌そうだったアマネさんまでもを、ケーキを口に入れた瞬間幸せそうな表情にさせていたので、これは間違いなく美味しいと断言できる。
先ほどパーティー会場で食べた料理といい、このシフォンケーキといい。
流石は王家と言うだけあって、その質の高さは段違いに高いようだった。
「ところでリィシャ。どうして俺たちをここへ?」
「あ、そうでした! 実はレン様に見せたいものがありまして」
「見せたいもの?」
そう言うとリィシャは、ケーキを食べる手を休め、不意に席を立った。
そして何やら棚に飾られていた写真を一枚手にすると、それを俺たちの座るテーブルへと持ってくる。
「こちらを見てくださいっ」
そうして差し出された一枚の写真に、俺たちは揃って目を向ける。
するとそこに写っていたのは、どこか見覚えのある光景。
仲が良さそうに笑顔でピースをする、1人の少年と少女の写真だった。
「これって……もしかして」
「はいっ、私とレン様の写真ですっ」
あろうことかその写真には、幼い日の俺たちが写し出されていた。
あの2人で街を駆け回っていた頃の、無垢で活発な俺たちの姿が。
「どうしてこの写真……」
「随分と前に、お父様からいただいたものですっ」
「王様から……?」
訳のわからない俺は、追ってその事情をリィシャに尋ねる。
するとどうやら、昔俺たちが密かに街中で遊んでいたことは、この城の人たちほぼ全員が知っていたらしいのだ。
「私たちが知らないところで、写真を撮られていたみたいですね」
「知らないところって……これ思いっきり俺たちピースしてるんだけど」
随分と前のことになるので、詳しくは思い出せないが、俺たちが街で遊んでいた際に、どこかのタイミングで写真を撮られていたのだろう。
しかもおそらくは知人とかにではなく、よく商店街で見かける写真売りのおじさんか何かに変装したこの城の誰かに、この写真を撮られたに違いない。
「でもよくこんなの残ってたな。随分と昔なのに」
「レン様との思い出ですから。とても大切にさせていただいています」
そう呟くリィシャの表情は、どこか昔の面影が感じられた。
好奇心旺盛で活発ながらも、優しい心で思いやりのある少女。
そんな幼き頃の彼女は、大人になった今でも変わらずここにいる。
それを改めて確認できて、俺は少しホッとしたような気持ちになれた。
「そういうことだったのか」
思わず思い出に浸っていた俺のそばで、不意にアマネさんは呟いた。
その姿にはもう闇らしき存在の影はなく、ただ純粋に俺たちの写真に見入っている1人の綺麗な女性だった。
「まさかレンとリィシャ王女がな」
「隠すつもりはなかったんですけど……なかなか言い出せなくて」
「こんな事情を抱えていては、上手く話せないのも当然だろう」
そうしてアマネさんの誤解は、なんとか解けたようなのだが。
正直なところ俺は、このことを死ぬまで隠し通すつもりでいた。
王女と幼馴染なんてバレたら、どんな副作用があるかわからないし。
何よりもアマネさんに、この事実を知られたくなかったのだ。
でもまあ、こうして納得してもらえたらなら結果オーライというもの。
とりあえずは、この人が良からぬ奇行に走らなくて本当に良かった。
「ところでアマネさん。このことはあまり他の人には……」
「わかってる。誰にも言ったりはしない」
「すみません、助かります」
俺が口にするよりも先に、アマネさんはそう約束してくれた。
写真を見せられた時はどうなるかと思ったが、どうやら俺は少し考えすぎだったらしい。
「さあ、お茶の続きをしましょう!」
「ああ、そうだな」
リィシャが明るくそう言った瞬間、少し肩が軽くなったような。
そんな感じがしたのは、きっとこの写真のおかげなのだろうと。
そう思いつつ俺は、食べたけだったシフォンケーキに手を伸ばした。
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