第39話 リィシャ・ベルティカ・アレクシス

 なんて綺麗事を並べてみたものの。

 実際のところは、ただ幼馴染であるという事実を隠したいだけ。

 この爆弾にも近い記憶を、開示するだけの勇気がないだけだった。


「レン様、レン様。あの私たちを睨んでいらっしゃる方は?」

「あ、ああ。アマネさんだよ。リィシャも知ってるだろ?」

「アマネ様……!? あの有名な天翔ける剣姫アマネ様ですのね!!」


 殺伐とした空気の中、相変わらずマイペースなリィシャは、アマネさんがあの有名なアマネさんだとわかった瞬間、パタパタと彼女の元に駆け寄り、目をキラキラと輝かせたまま、アマネさんの手をぎゅっと握りしめた。


「お初にお目にかかりますアマネ様っ! わたくしはベルティカ王国第一王女のリィシャ・ベルティカ・アレクシスと申します! 今日はこうしてお会いできて、とっても光栄に思います!」

「……これはどうもリィシャ王女。私はレンのナ、カ、マ! をさせていただいているアマネと申します。以後お見知り置きをっ!」


 満面の笑顔で挨拶するリィシャに対し、アマネさんの表情は険悪一色。

 相手がこの国の王女様だというのに、容赦なく荒んだ視線を送っていた。


(その顔はまずいですって、アマネさん……)


「あらっ、お2人は冒険者仲間でいらっしゃるのですね! ということはレン様と一緒に冒険などもされているのでしょうか?」

「それはもう幾度となく。私とレンはとてもとても仲が良いですから」


 そう言いつつアマネさんは、なぜか俺の方に視線をギョロリ。

 何も言われていないはずなのに、気づけば俺は必死に首を縦に振っていた。


(てかその顔怖いからやめてくれ……)


「まあ! それは羨ましいです!」


 しかし鈍感なのか、リィシャの表情は全くと言っていいほど崩れなかった。

 というかむしろ先ほどよりも口角が上がったようにも感じられ、闇に包まれたアマネさんに、これでもかと眩しい笑顔を向けている。


(相変わらずだな、リィシャは)


 そう感じてしまうのも、幼馴染ゆえのことだろう。

 昔からリィシャは、どんな時でも笑顔を絶やさない子だと思っていたが。

 大きくなった今でも、その長所は変わらないままらしい。


 少しはアマネさんも見習ってくださいね——。


 とは口が裂けても言えず。

 俺はただ、噛み合わない2人の様子を黙って眺めているだけだった。


「私も一度くらいレン様と一緒に冒険してみたいものです」

「何をおっしゃるのですか王女。あなたがそんな危険な真似……」

「——あっ、そうでした!」


 するとここで、リィシャは突然何かを思い出したかのように手を鳴らした。

 そして俺とアマネさんの間で軽快に視線を移動させると、


「もしよろしければ、3人でお茶でもいかがでしょうか!」


 なんて、唐突な提案を持ちかけてきたのだ。

 これには流石のアマネさんも驚いたようで。

 険悪な表情から、一気に戸惑いの表情へと変わっていた。


「お茶、というのは一体……?」

「お2人の冒険の話など、是非聞かせていただきたいのです!」

「し、しかし今は、この通りパーティーの最中ですので……」

「大丈夫ですよアマネ様! 少し抜け出すだけですから!」

「で、ですが……」


 何の躊躇もなく、そう言い切ってみせるリィシャ。

 どうやら変わらないのは、その明るい笑顔だけではなかったらしい。

 こうした好奇心旺盛な性格も、あの頃と何も変わってはいないようだった。


「レン様はいかがでしょうか?」


 そうやって流れで尋ねられると、俺は頷くしかなかった。

 彼女のありふれた好奇心は、何者でも支配することは叶わない。

 おそらくこの城で働く人たちも、それは十分に理解しているのだろう。


「わかりました。少しだけですからね」

「レン……!? 本当に良いのか……!?」

「ええ。こうなった王女は誰にも止められないですから」


 俺が了解すると、リィシャはわかりやすく喜んでいた。

 それに対しアマネさんは、少しばかり納得できていないようだったが、まもなくして「はぁ……」と短いため息をついたので、乗り気でないながらも、一応話には乗ってくれるつもりらしい。


「仕方ない。私もお供いたします」

「はいっ! それではお2人ともこちらへどうぞ!」


 そうして俺たちは、突然にも王女のリィシャとお茶をすることになった。

 まあ正直なところ、これ以上俺たちがこの場にいたら、余計に悪めだちをしてしまうだけだったので、彼女の提案には少なからず救われた。


 とはいえ。


 まさかこうしてリィシャと再会して、お茶をすることになるとは。

 先日アマネさんからこのパーティーの招待状を渡された時「もしかして」とは思っていたが、本当に彼女と再会できるとは思ってもいなかった。


「レン様? どうかなされましたか?」

「ああいや。何でもございません、王女」

「もぉ、リィシャで構いませんよっレン様っ!」

「ギギギギギ……」


 まあしかし。

 リィシャに再会したおかげで、アマネさんはまたもや闇に堕ちてしまった。

 この子は昔から俺にはだいぶ積極的に接していた節があるから、おそらくこのパーティーが終わるまで、この歪んだ空気が元に戻ることはないのだろう。

 俺は静かに、そう思っておくことにした。

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