第38話 あの頃の思い出
「レン様を探してまいりました!」
そう言って俺の胸に飛び込んできたのは、桃色のドレスに身を包む少女。
俺の名前を呼びながら、力強く抱きついてくるその少女の頭には、赤、黄、緑の色鮮かな宝石が埋め込まれた高貴なティアラが乗せられており、見る者全ての視線をいっぺんに集めるほどの美しい輝きを放っていた。
「探してたって……どうして……」
そんな輝きに当てられ動揺する俺に、少女は満面の笑みを向ける。
しかし今この場で笑顔なのは、目の前のこの子たった1人だけで。
それ以外の誰もが、驚きと戸惑いの視線を俺たちに向け続けていた。
「それは私がレン様にお会いしたかったからです!」
迷いなくそう言ってのける少女は、天使のような笑顔を浮かべ。
久しぶりの再会を、心の底から喜んでいるようにも感じられた。
リィシャ・ベルティカ・アレクシス。
それが少女の名前であり、俺の中にある記憶の蓋を開ける鍵でもあった。
「お久しぶりでございます! レン様っ!」
「ひ、久しぶりリィ……じゃなくて、姫」
「もう、昔みたいにリィシャで構いませんよっ」
懐かしささえも感じる彼女の声音。
それには俺も思わず気が緩みそうになるが。
改めて現状を認識すれば、自然と口調も正された。
というのもこの子。
現ベルティカ王国第一王女にして、時期女王となる人物。
つまりは歴とした王族であり、この国を統べる側の人間なのだ。
「レン様っ! 本物のレン様だぁっ!」
そんな王国第一王女様は、今なぜか凡人である俺の胸の中にいる。
それはもう唐突にやって来て、思いのままに顔をスリスリスリスリ。
(おい、まずいだろこれ……)
俺がそう思った頃には時すでに遅し。
彼女に向いていた視線の数々は、瞬く間に俺の存在をも包み込み。
やがて底知れぬ疑問や不安を、全ての者たちに植え付けてしまう。
「あの……そろそろ離れてもらっても……」
「いいえ。もう決してレン様のことは離しませんっ」
「いや、離しませんじゃなくてですね……」
だからと言って王女様が、空気を読んでくれるわけでもなく。
俺はひたすら怪訝な視線に当てられながら、ずっと彼女に捕らわれ続けていたのだった。
「……いい加減もういいでしょう」
これには俺も我慢ならず。
力ずくで王女様を引き剥がしては、心を落ち着けるべく深呼吸を。
冷静になったのを確認してから、状況の整理を頭の中で執り行う。
今間違いなく俺は、大勢の人の前でリィシャ姫に抱きつかれた。
たとえそれが王族特有のスキンシップであったとしても、たかが一冒険者に、ましてや無名中の無名の俺なんかに、一国の王女がそんな行動をとったとなると、周りに対する反響は相当なものだと想像がつく。
しかも彼女は俺のことを様付けで呼んでいた。
ただの一介の冒険者でしかないこの俺のことをだ。
これは相当まずい現場を晒してしまったのではないだろうか。
「……リィシャ、どうすんだこの状況」
「どうするとは?」
親しみ深い口調で言ってはみるも、彼女はからきし気にしていないようで。
コクンと首を傾げては、無垢な眼差しを俺に向けてきていた。
(ダメだこの王女様……)
こうなってしまっては、もうどうすることもできない。
俺の立場もどんどん悪くなる一方で、対処のしようがない。
それに今回に関してはタイミングも最悪だった。
俺がアマネさんに返す言葉をグダッている間にこんなこと。
これではもう、俺の死が確定したも同然と言えるだろう。
「レン」
やがて聞こえてきてしまったのは、酷く荒んだ声音。
それはもう恐ろしくて、一瞬にして背筋が凍りついたのがわかった。
「なぜリィシャ王女と……」
そう呟きつつ近づいてくる姿は、もはやいつものアマネさんではない。
間違いなくこれは、三度目の災厄と言ってもいい状況だ——。
「詳しく説明してもらおうか」
* * *
「ですから……少し顔見知りなだけで」
「第一王女と顔見知りなんて、あるわけがないだろう」
「確かに信じられないとは思いますけど……」
アマネさんの追求を受け始めてから早数分。
一向に治ろうとしない彼女の機嫌は、大勢の人をこの場に集め。
やがて俺たち3人は、大きな人の円のど真ん中に立っていた。
「さあ、いいから吐くんだ!」
「んん……」
俺が何を言っても、アマネさんは一向に信じてくれない。
もちろん彼女の気持ちもわからないことはないが。
それでも少しくらい、耳を貸してくれてもいいだろうとは思う。
「だから俺たちは顔見知りで……!」
顔見知り。
俺は何度もそう言い続けているが、本当は少しばかり違った。
とは言っても嘘というわけではなく、関係の本質を隠したかったのだ。
俺とリィシャは幼い頃、よく2人で遊んだ仲。
いわゆる幼馴染というやつだ。
あの時の俺はただ純粋に、歳の近いリィシャと遊ぶことが楽しかった。
それゆえに身分のことも知らなかったし、気にもしていなかったのだと思う。
でもある日。
幼い俺がリィシャの身分に気づいてしまう出来事があった。
あれは確か2人で街を駆け回っていた時。
ひらひらのドレスを着た人たちが、リィシャの名前を呼びながら、慌てた様子で街の中を探し回っていたのだ。
『リィシャ様ー! どこですかー!』
その時の俺はわけがわからなくて、すぐさま本人に確認した。
どうしてあの人たちは、リィシャの名前を呼んでいるのかと。
そしてあの人たちのひらひらとした格好は、一体なんなのかと。
『私実は……この国の王女様なの』
そう告白された時のことは、今でも鮮明に覚えている。
まさか友達のリィシャが、王女様だったなんて思わなかったから。
びっくりしすぎて、その時着てた服にサインまでもらおうとしたほどだ。
『すげぇじゃん王女様だなんて!』
まだ小さかった俺は、その身分の重さを正しく理解してはいなかった。
だからこそ今でも俺たちは、再会を喜べる間柄にあるのだと思うのだが。
今になってみるとあれは、なかなか刺激的な思い出の一つに挙げられる。
使用人たちに黙って、1人で城から抜け出して来たリィシャ。
そしてそんな彼女を王女と知らず、同じ時を過ごしていた俺。
この記憶は、何年経っても忘れない幼き日の思い出だ。
だからこそ俺は、この話を自ら他人に語ろうとは思わない。
たとえそれが信頼できるアマネさんだとしても。
俺たちの
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