第37話 度重なる紳士の誘いを受け流す剣姫
アマネさんが選んでくれた料理は、どれもこれも美味だった。
ローストビーフはとろけるほど柔らかく、シーフードパスタもたくさんの具材と絡み合って、飽きることない旨味を口の中に届けてくれる。
しかしそんな中でも一番驚かされたのは、料理名が不明な四角い食べ物。
口に入れた瞬間に外側の透明な層が解けて、中から小さく刻まれた肉や野菜などが出てきた時には、新感覚すぎて「おぉ〜」と思わず声を漏らしたほどだ。
それがあまりにも美味しすぎるがゆえ、その料理の詳細を後々アマネさんに尋ねてみたところ、どうやらこういったパーティーなどではよく見かける料理らしく、口に入れた時のあの独特な食感から、料理名は”ポロリ”というらしい。
俺はなぜかそれを聞いて若干のいかがわしさを感じてしまったが、周りで同じくその料理を食べていた人たちから「今日のポロリも美味しいな」なんて話し声が聞こえてきてしまったので、不服ながらもあの料理がポロリだと信じる他なかった。
まあ何がともあれ。
流石は王家主催のパーティーとだけあり、料理の質も高かったわけだ。
おそらくこのままその料理たちをたらふく食べてしまったら、明日以降俺は酒場や家の料理を今まで通り美味しく食べれなくなってしまうだろう。
そうなっては困るので、俺は料理のおかわりをすることはなかった。
もちろんアマネさんには勧められたが、心を鬼にして、その誘惑をなんとか断ち切ったのだ。
そして今は何をしているのかというと。
一通り食事を終え、俺たちは挨拶回りに出向いていた。
「そうですか。剣姫も色々と苦労されてますね」
「私など全然。そういうジルドこそ、色々大変だろうに」
会場に来ている顔の知れた冒険者を見かければ、アマネさんは自ずと声をかけられ、軽い対談に発展する。
しかもその声をかけてくる面々は、最初に紹介した超一流の冒険者たちばかりで、間違っても俺がその会話に入ることはできなかった。
(なんか、マネージャーみたいだな俺……)
後ろを黙ってついて歩くだけなあたり、今の俺はまさにそれだ。
おそらく会話の相手には、剣姫の手下か使いっ走りかぐらいにしか思われていないのだろう。
まさに空気とはこのこと。
普段から影の薄い俺だが、正直ここまで空気化するのは初めてだった。
まあ名の無いただの一般冒険者だから、そうなってしまうのは仕方ないが。
「ところで剣姫、どうです。この後私とダンスでも」
そんな空気化している俺でも、会話の内容はよく聞こえてくる。
ゆえにこのような誘いも、もう何度も聞かされた内容だった。
この後行われるであろう社交ダンス。
そんな男女2人で過ごす優雅なひと時に、誰もがアマネさんを招待する。
最初に対談したアローズのデュークから、今目の前にいるジルドまで。
今までアマネさんと相見えた男性冒険者は、揃って彼女を社交ダンスの相方として迎え入れようとしている。
もちろんこれはすごいことで、女性からしても嬉しいことのはず。
しかしアマネさんは、その有難い誘いを一度も受けようとはしなかった。
それどころか彼女は、少し気になる理由を軸に、相手方の誘いを断るのだ。
「すまない。あいにく私には”先約”があるんだ」
”先約がある”
その言葉を聞いた俺は、ふと思い返してみた。
ところがアマネさんは、この会場へ来てから誰ともダンスの約束をしていないはずなのだ。
(もしかしてミッチェルかな?)
なんて一度は考えてみたが。
先ほどの嫌そうな態度からして、それはないとすぐに断言することができた。
そうなると考えられる可能性は、もはや一つしかないのだが……。
それを言葉にすると何かまずい気がしたので、俺は黙っておくことにした。
「それは残念です。そのお相手方はさぞかし素晴らしい方なのでしょうね」
「ええ、それはもうとても」
「あなたにそこまで言ってもらえるその方が、羨ましい限りですよ」
そんな会話を側から聞いていると、なぜか胸が
(そいつよりもあなたの方がよっぽど素晴らしい人ですよ)
とは、口が裂けても言えず。
ただひたすらにこのやるせない気持ちを、胸にしまっておくだけだった。
「それでは私はそろそろ」
「ええ、また」
そうしてアマネさんは、ジルドとの対談を終え、おもむろに歩き出した。
すっかりマネージャーポジションである俺はというと、その場で軽く会釈をして、遅れないように彼女の背中を追いかけたのだった。
(というか先約って……絶対そうだよな……)
* * *
あまり人がいない会場の隅っこ。
そこで不意に足を止めたアマネさんは、視線を前に向けたまま、こんなことを呟いたのだった。
「い、いやー、あれほど誘われるとは。流石に少し困るな」
わざとらしく声音を上げるその口調は、少し不自然で。
あからさまに何かあると、聞き手側の俺でも察することができた。
「と、ところでレン——」
そして。
覚悟を決めたかのように切り出されたその言葉は。
俺の読み通り定石から外れるようなことは一切なく。
想像のままに、俺の脳裏深くに響いてくるのだった。
「この後の社交ダンス、レンは誰かと踊る予定があったりするのか?」
わかりやすく頬を赤く染め、振り返りながらそう呟くアマネさん。
そのどこか女性らしい姿に、俺の胸は不自然に高鳴り。
それを隠そうとすればするほど、顔に熱が溜まっていくのがわかった。
「もし予定がないのなら……わ、私と、踊ってはもらえないだろうか?」
こうして実際に言葉にされると、たまらなく恥ずかしかった。
初めからそのつもりでいたとはいえ、こうもストレートに言われると。
返すべき言葉が浮かんでいるのに、上手く口にすることは叶わなかった。
「ど、どうだろうか……?」
「お、俺は……」
彼女の恥ずかしげな表情を前に、きっと俺は動揺していたのだろう。
気づいた時にはもう、返事をするのをためらってしまっていた。
彼女の顔を、まっすぐに見ることができなくなってしまっていた。
「……俺はアマネさんと——」
そしてなんとか覚悟を絞り出したその時。
俺は望まずとも確信してしまったのだ。
「レン様!?」
きっと俺は、一生同じ過ちを繰り返すのだろうと——。
「レン様ぁっ!!」
不意に聞こえてきた俺を呼ぶ声。
そしてパタパタと駆ける元気な足音。
それに意識を奪われた時。
俺の腕の中には、桃色のドレスに身を包む1人の少女がいた。
「レン様、ずっとお会いしたかったです!」
その少女の淡いげな瞳。
そして無垢で明るい笑顔。
周りから集まる驚きと戸惑いの視線。
それらが全て重なって、冷たく時が止まった。
高揚していたはずの気持ちは、一気に冷め落ち。
弾んでいたはずの鼓動は、驚愕の鼓動へと変わる。
もしかするとこれは神の
そう思ってしまうほどに偶然で、そしてあってはならない再会。
数年越しに俺と”彼女”が顔を合わせた瞬間だった。
「なんでリィシャがここに……」
「レン様を探してまいりました——!」
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