第36話 剣姫の企み

「待たせてしまってすまなかった」

「いえ、俺の方こそわざわざすみません」


 先ほどアマネさんと別れた場所で、1人待っていた俺。

 そんな俺の元に、彼女は両手いっぱいに料理を抱えて帰ってきた。


「ミッチェル……は、もういないようだな」

「ああ、あの人なら……」


 ちなみに変人と化していたミッチェルはというと。

 俺がどうにかしようと覚悟を決めたタイミングで、運良く居合わせた同じFGのメンバーであろう人に、しっかりと回収されて何処かへ消えていった。


 その際にもミッチェルは、懲りることなく「剣姫殿。ああ、剣姫殿」と連呼していたので、その想いの大きさは相当なものだと察することができるが。

 現にもこの会場のどこかで、彼がアマネさんのことを想い続けているのだと思うと、なぜか目の前のアマネさんのことを気の毒に思ってしまう自分がいた。


「ん、どうかしたか?」

「い、いえ、なんでも……」

「そうか?」


 とはいえこの会場は広いので、もう会うことはないと思う。

 回収してくれた人は、見た感じ真面目そうな人だったし。

 連れが有名だと色々と苦労させられるのは、どうやらどこも同じらしい。


「とりあえず、またあの人と会うことはないと思いますよ」

「それなら良いんだが……」


 そう言ってはみるも、正直ただの願望でしかなかった。

 アマネさんだって少なからず悲観している部分があるようだし。

 できればパーティーが終わるまで、ミッチェルとは出会いたくないものだ。


「そんなことよりもレン。料理を持ってきたぞ」

「そういえばそうでしたね。すみません俺なんかのために」

「むしろ私こそすまない。レンの好みがわからなくて……」


 そう言ってアマネさんが差し出したのは、何とも豪華な料理たち。

 タレがたっぷりとかかったローストビーフ。

 そして色鮮やかな野菜や魚介が入ったシーフードパスタ。

 その横には見たこともない四角い形をした食べ物なんかもあった。


「すごい豪華ですね……」


 思わずそう口にしてしまうほどに、お皿の上はオシャレ一色。

 生まれてこの方、これほどまでに魅力的な料理を見るのは初めてだった。


「こんなので良かっただろうか……?」

「それはもう……むしろ豪華すぎて気後れしそうですよ」

「そうか、それなら良かった」


 そう言ってなぜか頬を赤く染めるアマネさんから、俺は恐る恐るそれらの料理が乗せられたお皿を受け取った。

 見れば見るほどに食欲を刺激されるその料理たちだが、それと同時に「こんな料理、本当に俺が食べても良いのだろうか?」という貧乏人ゆえの疑問も浮かび上がってくる。


「これ本当に頂いても良いんですかね」

「ああ。ここの料理は全てタダだから、好きなだけ食べるといい」

「好きなだけ……流石は王家主催のパーティーなだけありますね」


 こんな待遇ができるのは、この世で王族くらいのものだろう。

 間違っても冒険者なんかの宴会とは、比べてはならない催し物だ。


「あ、そうそう。これを使ってくれるか」

「これって、フォークですか?」

「ああ。こういう場で箸のようなものは一切置いていないんだ」


 続いて渡されたのは、銀色に光る一本のフォーク。

 それも安っぽいものではなく、見た感じお高価そうな良いフォークだった。


「もし食べにくかったら遠慮なく言ってくれ」

「は、はあ」


 フォークを渡しながら、そんなことを言うアマネさん。

 少し驚いているのもあり、うっかり適当に返事をしてしまった俺だが。

 よくよく考えれば、今の彼女の発言には少し引っかかる部分があった。


(箸とかは置いてないんだよな……?)


 その事実を踏まえれば、自ずと疑問が浮かんでくるはずだ。

 フォークなどの使い慣れていない道具しかないこの状況で、食べにくさをアマネさんに伝えたとしても、それが解消されるとは到底思えない。

 そうなってくると考えられるのは、アマネさんが密かに箸を隠している可能性か、何かピンク色のことを考えている可能性だが——。


「やっぱり食べにくいだろうか?」

「ああいえ……俺は大丈夫ですよ」

「そ、そうか」


 この露骨に具合を聞いてくる様子からして、おそらくは後者の方だろう。

 フォークを渡すくだりが、必要以上に大げさに為されていた気がしたので、何か企んでいるなとは思っていたのだが、どうやら気のせいではなかったらしい。


「あの、あんまり見られると……」

「ひゃっ!? す、すまない……」


 間違いなくこの人は、何か良からぬことを考えている。

 今意味もなく目が合ったのが、何よりもの証拠だろう。


「……言っときますけど、食べさせてもらったりはしないですからね」

「なっ……なぜレンがそれを……!?」

「バレバレですよ、まったく……」


 俺が嘆息すると、アマネさんはカァーッと顔を赤く染めた。

 そして「むぅぅ……」なんて、らしくない声を漏らすと、頬をプクッと膨らませ、ご機嫌斜めにこう言った。


「せっかくレンに食べさせられるチャンスだったのに……」

「いや、こんなところでくだらない企みしないでくださいよ」

「むぅぅ……」


 結果失敗に終わったアマネさんの企みは、本当にくだらないもので。

 不満げな顔を浮かべる彼女の手には、無いものと思っていた普通の箸が、しっかりと2人組分握られていたのだった。


「いや、箸あるんかい」

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