第35話 一方的好意と変人的行為
冒険者ギルド最強の剣士と言われる、天翔ける剣姫アマネさん。
そして全冒険者の中で最強の実力を誇るとされる、蒼天の竜騎士ミッチェル。
そんなビック過ぎる2人が同じ場所に揃ったおかげで、この辺り一帯は騒然とした空気に包まれていた。
「剣姫殿。やはりソナタは美しい」
「私に話しかけるなといつも言ってるだろ。ミッチェル」
しかしそんな場の雰囲気とは裏腹に、当人たちの間には、何やら不穏な空気が流れてしまっているようで。
顔を合わせて早々、アマネさんを口説きにかかっているミッチェルに対して、アマネさんは露骨に嫌そうな表情を浮かべていた。
「いつも君は手厳しいね。流石は私の愛しき剣姫殿だ」
「貴様と慣れ合うつもりはない。用がないならさっさと消えてくれ」
おまけに口調も、いつも以上に尖った言葉遣いになってしまっている。
この様子からして、おそらくアマネさんは彼のことが相当苦手なのだろう。
顔が歪みすぎていて、もう次世代の魔王か何かにしか見えやしなかった。
「アマネさん……顔顔」
「あ、ああ、ついいつもの癖で……」
このままだとまずいと思い、俺は小声でアマネさんに耳打ちをした。
するとなんとか表情も和らいだので、とりあえずは良かったのだが。
「大勢の人が見てるんで、堪えてください」
「そんなことを言われてもな……」
どうやらミッチェルに対しての苦手意識は相当なものらしく。
まるで汚物を見ているかのように、その目は酷く
「気持ちはわかりますけど、今は我慢です」
「むむむ……」
一線をなんとか超えないようにと、俺は耳元で必死な説得を試みる。
しかしそんなことを知る由もないであろうミッチェルは、限界が近いアマネさんに、これでもかと追い討ちをしかけてくるのだ。
「んんん〜。君のそんな顔を見るのも、もう慣れたもんさっ」
「ギギギィィィ……」
「僕がかっこよすぎるせいで、照れてしまっているのだっっっっっっろ!」
「ギギギィィィ……!!!!」
それによって一度は落ち着いたはずの表情も元に戻り。
今度は加えて激しい歯ぎしりまでし始めてしまった。
(まずいなこれ……)
もうここまで来たら、俺がどうこうできるレベルではない。
間違いなくアマネさんは、この男を真っ二つにでもするつもりだ。
そう思ってしまうほどに、彼女から滲み出るオーラは黒一色だった。
「アマネさん、落ち着いて……」
「…………」
何度も何度も小声で呼びかけている俺。
するとここでアマネさんは、突然思いっきり息を吸い込んだ。
「アマネさん……!?」
もうおしまいだ。
そう俺が悲観したのもつかの間。
「ふぅぅ」
あろうことか彼女は、吸った息を思いのほか優しく吐き出した。
そして
「私は用がある。話があるならまた後にしてくれ」
まるでさっきまでの様子が嘘のような、冷静さを見せるアマネさん。
ミッチェルに対しそう告げると、おもむろに彼に背中を向けた。
そして視線を軽く俺の方に向け、
「お腹空いただろ。私が料理を取ってくる」
俺にだけ聞こえるような小声で、そう呟いたのだった。
「料理ですか?」
「少し待っててくれ」
どうしてこのタイミングで料理?
なんて俺が疑問に思っているのもつかの間。
気づけばアマネさんは、人混みの中へと消えて行ってしまった。
「ええ……」
残された俺は、唖然として立ち尽くす他ない。
背後ではミッチェルが何やらブツブツと独り言を言っているし。
何よりこの場を動いたら、またアマネさんと逸れてしまうと思ったのだ。
「相当嫌いなんだろうな、この人のこと……」
アマネさんの気持ちが理解できないわけじゃない。
だがせっかく人が好意を向けてくれているのだ。
少しくらい答えてあげてもバチは当たらないと思うのだが。
(いや、俺も同じか……)
そういえば俺も、誰かさんから必要以上な好意を向けられているんだった。
おそらく本人にあまり自覚はないのだろうが、前の遠征先での添い寝といい、ルルネと関わったことに対しての嫉妬といい、正直俺はもうこりごりだ。
そもそもなんで俺なんかに……なんて思ってしまうことも多々あるが、よく考えればそのきっかけは、あの半年前にあった出来事なんじゃないかと思う。
それ以前の俺たちはこれといって接点もなく、もし仮に好意を持たれる理由があるとするならば、あの一件ぐらいしか思い当たらないのだ。
「まあ、虫退治しただけなんだけどな」
懐かしいことを思い出し、思わず顔がほころんでしまった。
とりあえず俺が言いたいのは、人の好意を無下にするのは良くない。
そして、先ほどからずっと後ろでブツブツいっているミッチェルがうるさい。
ただそれだけだった。
「さあ剣姫殿、私の手をお取り。そして2人で最高のダンシングなレボリューションにしようじゃないかっっっっっっ!」
目を瞑り、何かを妄想している様子のミッチェル。
その姿はあまりにも浮いていて、「これが最強の冒険者かよ……」と、思わず本音をこぼしそうになる程、ただの変人にしか見えなかった。
「ハイッ! タカタンタカタンッ! ハイッハイッ!」
まあ実際変人なのは間違いないだろうが。
これでもミッチェルは、この街一番の実力者だ。
そんな彼に好意を向けられているアマネさんは、やっぱりすごい。
なんて冷静に物事を捉えられるくらいに、俺は落ち着いていた。
正直会場に来たら、もっと緊張するものだと思っていたのだが。
どうやら俺みたいな一般人が、そんな心配をする必要はなかったらしい。
「ハイッハイッ! ソレッッ——!」
とりあえずこの変人冒険者をなんとかしよう。
気づけば俺は、そんな変人処理係的ポジションについてしまっていた。
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