第32話 助け合いの精神

 俺がダンスを習い始めてから、あっという間に時は流れ。

 気づけば今日は、レッスン最終日である3日目となっていた。


「ワン、ツー、スリー」


 いよいよ本番のパーティーは明日。

 こうしてルルネの掛け声で踊るのも、今日で本当の最後なわけだ。


「ワン、ツー……そこでクルッと」


 そういうわけもあって、俺は一段と集中していた。

 ルルネの掛け声からも、いつも以上の熱を感じるし。

 仕上げたいという気持ちは、お互いに同じくらい大きいように感じた。


「ワン、ツー、スリー……はい、もう十分でしょう」

「ふぅぅ」


 しばらく1人で動きを確認していた俺は、その合図でステップを止めた。

 俺たちの練習は、まずこうして1人でステップを確認するところから始まり。

 一度休憩を挟んでから、実際に2人で息を合わせる練習へと切り替わる。


「休憩は必要ですか?」

「いやいい。忘れないうちに次に行きたい」


 昨日までの俺なら少し休んでから次の練習に入るところだが。

 本番を明日に迎えた今日だけは、このままぶっ続けで練習したい。


 なぜなら俺のダンスは、まだまだ完璧には程遠い仕上がりだから。

 たまにステップを間違えるし、相手の足を踏んでしまうこともある。

 こんな状態で明日になれば、どこで恥を晒してしまうかわからない。


 初めこそ”ある程度に踊れれば良い”なんて思っていたが。

 今となってはできるだけ完璧に近い形で、本番を迎えたいと思っている。


 ルルネだってここまで真剣に指導してくれていたわけで。

 彼女の思いを無駄にしないためにも、俺はもっと上達しなければならない。


「それではレンさん。始めから通してやってみましょうか」

「ああ、頼む」


 そうして俺たちはごく自然にお互いの手を取り合う。

 最初は謎の緊張感を感じていたはずなのに、今はもう何も感じやしない。

 きっとそれだけの練習を重ねてきた、ということなんだと思う。

 

「まずは右足から。さんはいっ」


 ワン、ツー、スリー。

 ルルネの声が剣技場に響き、俺たちは踊り出した。


(俺はこのステップを、一体どのぐらい練習したのだろう)


 そう考えるとなんだか、すごく自信が湧いてくる気がした。

 今まで重ねてきた努力を見据えると、少しだけ勇気が出た。


「ワン、ツー、スリー」


 できなかった場所ができるようになると、素直に嬉しい。

 そんな新たな発見をしながら、俺はルルネをリードしていく。


 全ては明日に迫った本番のため。

 アマネさんと踊る際に、しっかり彼女をリードできるように。

 俺はそう心の中で唱えながら、少し慣れてきたステップを刻んだ。



 * * *



「どうしますか。そろそろ休憩にしますか?」


 あれから休むことなく練習し続けた俺たち。

 とりあえず一区切りがついた今、ルルネが俺にそう尋ねてきた。


「んー、でももうあまり時間ないよな」

「練習できるのは、せいぜいあと30分くらいでしょうね」


 当初決めていた終了時間までは、あまり時間が残されていない。

 それを破ることも可能だが、ルルネを拘束してしまっている今、俺の意思だけで時間を延長させることは、望まれた選択肢ではなかった。


 なら——。


「このまま続行してもらえるか」


 まだ自信のない箇所はいくつかある。

 ならば俺には休んでいる暇なんてないのだ。


「あなたがそう言うなら、私は付き合いますよ」

「すまん、助かる」


 そうして俺たちは、また最初から通して練習することにした。

 足腰にはだいぶ疲労が溜まっているが、ここで弱音を吐くわけにはいかない。

 文句一つ言わず俺に付き合ってくれるルルネのためにも、俺は何としても今日中にこのダンスを完璧にしなければならないのだ。


「ワン、ツー、スリー」


 いやしかし。

 本当にルルネは熱心に指導してくれている。


 例えそれが俺のためじゃないのだとしても。

 彼女がここまで本気になってくれるとは、正直思ってもいなかった。


 口には『アマネさんに恥をかかせないため』とか言っているが。

 たったそれだけの理由で、同期なだけの奴にここまで真剣になれるだろうか。


「なあ、一つ聞いていいか?」

「はい、なんでしょうか」

「なんでお前は俺のために、こんなにも真剣になれるんだ?」


 今はダンスを踊っている最中だが、その答えが知りたかった。

 きっと俺がルルネの立場だったら、こんなことはしていないだろうから。


「んー、そうですね……」


 するとルルネは、踊りながらも思案顔を浮かべた。

 余計なことを聞いてしまったかもな、とは思ったが。

 それでも俺は、今彼女に聞いておきたかったのだ。


「……謝罪、でしょうか?」

「えっ……?」


 そしてしばらく考えていたルルネは、ポツリとそんなことを呟いた。

 これには思わず俺も、意表を突かれたような声を出す他なかった。


「あなたには少なからず迷惑をかけましたし。きっと私は謝罪をしたかったのだと思いますよ」


 ステップを踏みながら、そんな話をするルルネ。

 そう言われると確かに、思い当たる節がないとは言えなかった。


 勘違いが生んだ、あの日の勝負だってそう。

 酔いつぶれて家まで送ったことだってそう。

 思い返せば俺は、ルルネに色々と迷惑をかけられていたのかもしれない。


 でも——。


「謝罪なんて、別に必要ないぞ」

「えっ?」


 胸の内から湧いてきた返事を返すと、今度はルルネが素っ頓狂な声を出した。

 今言葉にした通り、俺は別に謝罪をしてほしかったわけじゃない。

 それは考えずとも、はっきりとそうだと言い切ることができた。


「だって俺たちは同じFGの仲間だろう。今まではあまり接点がなかったとは言え、少しくらいの迷惑は水に流すのは普通だ」


 仲間ならお互いを助け合い生きていく。

 それが冒険者の流儀であり、人が持っている才能の一つだ。

 ならばあの程度の迷惑、水に流さないでどうする。


 そもそもあんなのは迷惑でもなんでもない。

 ただちょっとめんどくさい団員同士の交流だ。


「まあ学んで欲しいところは確かにあるが。別に俺はお前のことを迷惑だなんて思ってはいない。こうして親切にダンスを教えてもらってるわけだしな」


 迷惑どうこうの前に、今回はこうしてルルネに助けられたわけだ。

 きっと俺1人だったら、大勢の貴族の前で恥をかく羽目になっていた。

 そうならないだけでも、俺は彼女に救われたと言える。


「だからありがとうな、ルルネ」


 そう思うと、自然と感謝の言葉が出た。

 本当は俺の相手などしなくていいはずなのに。

 それでもルルネは、最後まで俺を見捨てないでいてくれたのだ。


「きゅ、急に何を……!」


 俺が感謝を告げると、ルルネはわかりやすく頬を赤く染める。

 突然こんなことを言われて、驚いてしまったのだろう。

 いくら動きに慣れてきたとは言え、ダンス中にこんな話はまずかったか。


「今度飯でもおご……」


 今度飯でも奢るから。

 そう言って場を和まそうと思った俺だったが。


「きゃっ……!」


 突然ルルネが、バランスを崩して転びそうになってしまった。

 それを見た俺は、慌てて両手で彼女の身体を受け止める。


「あぶなっ。おい大丈夫か」

「は、はい……すみません」


 なんとか転ぶ前に受け止めることができた俺。

 見たところ足をひねったわけではなさそうだが。

 やはり休憩を挟まないで練習していたのが悪かったのだろうか。


「すまん、もしかして疲れてたか?」

「い、いえ、少し体勢を崩しただけですので……」


 そう言って身体を起こすルルネの頬は、真っ赤に染まっていた。

 そして俺の腕につかまりながら、顔を隠すように俯いて見せる。


「そ、それならいいんだが」


 慣れたはずのこの距離も、今思うと不自然で。

 胸の奥がくすぐったくなるような、そんな感覚にかられてしまう。


「は、早く続きをしましょう」

「お、おう」


 彼女の声で我に返った俺は、再び気持ちを引き締める。

 なぜか視線を逸らしたまま差し出された彼女の手を取り。

 何事もなかったかのように、覚えたステップを刻んでいく。


「ワン、ツー、スリー」


 でもなぜだろう。

 目の前のルルネの顔を見る度に、俺は緊張してしまう。

 その頬を真っ赤に染めた、幼くも可愛らしい表情を見る度に。

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