第31話 愛の理由
「ワン、ツー、スリー。そこで相手をくるっと回して」
「ここでくるっと……」
「そうです。ここまでくれば、あとはそれを繰り返すだけです」
ルルネの指導を受け始めてから、早1時間が過ぎ。
俺はようやく、全てのステップをある程度に覚えることができた。
「ふぅぅ、結構大変だな……」
「そうですね。でもレンさんはとても筋が良いと思いますよ」
「そうなのか? 正直自覚はないんだが」
その大変さに、思わずため息をついてしまう俺だったが。
意外にも俺のダンスは、そこまでの酷さではなかったようで。
様子を見ていたルルネ先生に、嬉しい褒め言葉まで頂くことができた。
「まあなんとなくはわかった気がする」
「本番はこれを2人で踊るので、あとは相手に合わせるだけですね」
「相手に合わせるだけって……それが一番難しいんじゃないのか」
「そうです。なのでここからは、2人で踊る練習をしましょう」
「2人……?」
するとルルネは、おもむろに俺の方へと歩み寄ってくる。
今まではソロでの練習だったが、どうやらここからは2人でやるらしい。
「お前と踊るのか?」
「なっ……! 私が相手だと不服ですか!?」
しかしお相手のルルネは、なぜかプンスカしている。
別にそういう意味で言ったつもりじゃないんだが……。
「いきなり2人で踊るのが少し不安なだけだ。別にお前が嫌なわけじゃない」
「そ、そうでしたか……。勘違いをしたみたいですみません……」
すると今度はバツが悪そうに視線を逸らしてみせる。
その頬は少し赤らんでいて、謎の緊張感さえも感じてしまう。
こんな調子で、俺たちは息を合わせることができるのだろうか。
「えっと、とりあえずやってみましょうか」
「お、おう」
そうして俺たちは手を取り合った。
ルルネの手を握った瞬間、また妙に顔が赤くなった気もするが。
俺は特に意識することなく、目の前のステップだけに集中したのだった。
* * *
「そろそろ休憩にしましょうか」
そんな声がかかったのは、しばらく2人で踊ってからのこと。
進行度合いで言うと大体半分くらい。俺にしては結構頑張った方だ。
「はぁ、疲れるなこれ」
「そうですね。私も少しだけ足が痛いです」
そのまま地べたへと腰を下ろした俺たちは、揃って疲労を口にしていた。
ゆったりとしたステップとはいえ、これを長い時間やると結構身体にもくる。
実際に足腰は辛いし、集中しているので脳にも少なからず疲労感が出ていた。
「これを3日間か……」
そんなことを考えると、自然とため息がこぼれてしまう。
激しい運動ではないはずなのに、これはこれで結構きついのだ。
(パーティーに行くなんて言わなきゃよかったかもな……)
なんて、心のどこかで思ったりしていると。
それを悟ったかのように、ルルネはキリッと視線を尖らせ、
「何を言ってるんですか!」
と、弱気な俺に強気の喝を。
そしてグイッと顔を近づけて来て、そのままの口調で説教を始める。
「あなたにはアマネ様をリードするという大事な役目があるんですよ!」
「リード? 俺があの人を?」
「当然です! あなたにしっかりしてもらわないと、私困ります!」
「困るって……別にお前パーティーには出席しないだろ」
「アマネ様が恥をかいてしまうではないですか!」
幾度となく連呼されるアマネさんの名前。
それらを聞く限り、どうやら俺は少し勘違いをしていたようだ。
あまりにも丁寧に教えてくれるものだから、まんまと騙されてしまった。
「お前、やっぱりアマネさんの信者だな」
「し、信者だなんてっ……私は別に……」
俺が嫌味っぽく言うと、なぜかルルネは照れているようだった。
その様子からしてこいつはもう手遅れ。
間違いなくアマネ教の信者様だろう。
(にしても、なんで同性のあの人をここまで)
初めこそただの百合と思っていたが、どうやら何か理由がありそう。
特別聞きたいわけでもないが、こうなったら一応確かめておきたい気もする。
「なあ、一つ聞いていいか」
「はい。どうかしましたか?」
「なんでお前はアマネさんをそこまで慕ってるんだ?」
FGのマスターだから、と言う理由でもなさそうだし。
ただ単に冒険者ギルド最強の剣士だから、と言う理由でもなさそう。
となると思い出されるのは、少し前の記憶。
ルルネが酔いつぶれて、俺が背負って家まで送った時のことだ。
あの時のルルネも、アマネさんへの愛をこれでもかと爆発させていた。
それを聞いた限り、過去に何かあったのだろうとは思ったりもしたが。
今のルルネの神妙な顔つきを見ると、あながち間違いでもないらしい。
「もし言いにくいようであれば、無理には聞かないが」
「別にそういうわけではありませんよ。でもなんというか……」
「ん?」
そんな前置きをした後。
ルルネは遠い目をしながらその理由を語り始めた。
「私がブラックウルフを苦手な話は以前にもしましたよね」
「ああ、確かあの勝負を持ちかけられた時だな」
「はい。あの時は襲われているところをあなたに助けていただきました」
そのままルルネは続ける。
「でも実は、以前にも同じようなことがあったんです。あれは忘れもしない……私がまだソロで活動していた頃——」
そうしてルルネは、自分の過去を全て語ってくれた。
昔は身寄りを持たない、ソロ冒険者だったということ。
そして以前にも、ブラックウルフに襲われたことがあるということ。
「あの時の私は1人きりで、どうすることもできませんでした」
恐怖に包まれた彼女の心は、やがて生きることさえも諦めさせた。
駆け出しの、しかもたった1人でそんな状況になれば、無理もないと思う。
でも——。
「私が目をつぶっている間に全て討伐してくれて。あの時のアマネ様は本当にかっこよくて、キラキラと輝いていたんです」
そんなルルネの元に、あの人は駆けつけてくれた。
そして瞬く間に襲って来たブラックウルフの群れを倒し。
怯えて動けないままのルルネに、一言こう言ったのだという。
「”怖かっただろ。1人でよく頑張ったな”って」
その姿はルルネにとって、すこぶるかっこよかったようで。
話をしているその表情から、あの人を想う気持ちがひしひしと伝わって来た。
「そんなことがあって、私は晴れてソロ冒険者を卒業したわけです」
「なるほどな。そういうことだったのか」
今までずっと疑問に思っていたが。
そういうことなら、ルルネの気持ちも理解できる気がする。
命を救われた相手を好きになるのは、言ってみれば当然のこと。
きっとルルネの愛は、異性に向けるそれとなんら変わりないものなのだろう。
「さ。そろそろ切り替えて、練習に戻るとしましょうか」
「ああ、それもそうだな」
うっかりルルネの話に聞き入ってしまった。
そろそろ練習を再開しないと、せっかく覚えたステップを忘れてしまいそうだ。
「それでは、また最初からやってみましょう」
「おう、頼む」
そうして俺たちは、再び手を取り合った。
初めこそ謎の緊張感に支配されていた俺たちだったが。
どうやらそういった隔たりは、もうすっかり解消されたよう。
「ワン、ツー、スリー」
先ほどよりも少し活気のあるルルネの声に乗せ、俺たちは踊る。
まだおぼつかない足取りだけど、俺は真剣に一つ一つのステップを刻んだ。
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