第33話 やっぱり目立つ剣姫様

 ついにやってきたパーティー当日。

 俺は着慣れない地味目の紳士服に身を包み、招待状を片手に城へと向かった。


「初めて入るな、ベルティカ城……」


 入城手続きを済ませ、背丈の5倍ほどはありそうな門をくぐり。

 俺は緊張しながらも、人の流れに乗るようにしてその足を進めていく。


 そしてやがてたどり着いたのは、一階にある大広間。

 うちのFGハウスにある剣技場の数十倍はあるであろうその空間に、すでに何百人もの招待客が、華やかな格好をして集まって来ていた。


「すげぇぇ……」


 入り口付近で立ち止まり、思わずそう口にしてしまう俺。

 ある程度の予想はしていたのだが、それ以上にこの場は圧倒的だった。


「それより、アマネさんどこだ」


 そう思いつつ辺りを見回しては見るも。

 人が多すぎて、誰が誰だか検討すらつかない。


 アマネさんとは現地集合ということになっているはずだが。

 こんなことになるなら、どこかで待ち合わせしてからここに来るべきだった。


「にしても……本当に人が多いな」


 俺は恐る恐る会場の奥へ進み、アマネさんを探すことにした。

 集合時間はとっくに過ぎているので、おそらくはこの場にいるのだろうが、あまりにも人が多過ぎる上、女性はみんなドレスで着飾っているので、なかなかそれらしい姿は見つからない。


(どこだ……)


 できるだけ人が密集している場所。

 冒険者らしき人たちが固まっている場所。

 一通り探しては見たが、やはりアマネさんは見つからない。


「はぁ……」


 そして挙げ句の果てには、ため息までついてしまう始末。

 こんな調子で本当に、俺はあの人と合流できるのだろうか。


 なんて、思っていた矢先——。


「見て。あれが噂の剣姫様だわ」

「本当。やはりお綺麗ですのね」


 周りにいた人たちが、少しざわめき出したことに気がついた。

 そしてその人たちは皆、口を揃えて”剣姫様”という単語を呟いている。


(もしや……)


 俺のすぐ近くにアマネさんがいる。

 そう考えた俺は、背伸びをして辺りをキョロキョロと見渡した。


 すると——。


「レン、こっちだ」


 割と近い場所から、俺の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。

 俺がつられるようにそちらを見ると、そこには真っ赤なドレスに身を包む、なんとも可憐な剣姫様がいたのだ。


「1人にしてすまなかった」


 そんなことを呟きながら、彼女はゆっくりと俺の方に歩み寄って来る。

 そのあまりにも美しい姿に、周りにいた人たちは一瞬にして視線を奪われ。

 気づけば俺の目の前には、アマネさんが通るための道が出来上がっていた。


「そんな顔してどうかしたのか?」

「い、いや」


 なぜかアマネさんを前にすると、言葉が出てこなかった。

 小首を傾げるその仕草だけで、一つの絵になっているかのような。

 周りにいるどの淑女よりも、可憐で上品な姿だと俺は思ったのだ。


「そのドレス、すごい似合ってますね」

「本当か!?」

「ええ。なんというかこう……お綺麗ですよ」

「お綺麗……!!」


 俺が一言褒めると、アマネさんは両手で顔を覆った。

 そのまま背中を向けてきたので、おそらくは恥ずかしいのだと思う。


 正直俺もこんなことを言うのは、死ぬほど恥ずかしい。

 できれば心の中で思うだけにして、口には出したくなかった。


 しかし、そういうわけにもいかないのだ。

 なぜならこれは、ルルネから授かった知識の一つだったから。

 昨日の練習終わりに言われた、彼女からの最後の指導だったからだ。


『いいですか。女性を前にしたらまずは服装を褒めるんです』

『服装を?』

『そうです。そうすればきっと、相手も喜んでくれますから』


 女性を前にしたらまず服装を褒める。

 それがパーティーに呼ばれた紳士の基本だと。


 正直俺にはその意味がよく理解できなかったが。

 実際こうして褒めてみると、案の定アマネさんは喜んだ。

 というよりかは、恥ずかしがっていると言う方が適切だろうか。


 何にせよ、ルルネの助言は正しかったというわけだ。

 できればもっと恥ずかしくない方法があれば良かったのだが。

 とりあえず出だしは好調なようなので、流石はルルネと認めざるを得ない。


 とはいえ。


 実際のところアマネさんが綺麗なのは事実だ。

 おそらく彼女以上にこの赤いドレスが似合う女性はいないだろうし。

 現状この場にいる誰よりも、注目の的になっているのは間違いない。


 ただ——。


「あ、あの……アマネさん」

「うひひっ、レンが私を綺麗って、綺麗ってっ」

「目立つんでやめてもらえます……?」


 注目されているのは、別に良い意味だけではなくて。

 こうして下手な反応をしているがゆえに、悪い意味でも注目されていた。


(めっちゃ見られてる……)


 まるで動物を見るような目をしている周りの人たちは、皆揃って絶句。

 空いたスペースのど真ん中で、顔を覆いながらブツブツと何か言っているアマネさんは、言ってみればただの変人でしかなかった。


「いい加減落ち着いてください」

「……ああ、すまないつい」


 その様子を見るに見かねた俺は、少し強めの口調でそう言った。

 するとようやく我を取り戻したようなので、とりあえずは良かったのだが……。


「アマネさん、周り見てください周り」

「周り……って。どうしてみんな私を見ているのだ?」

「どうしてじゃないですよ、全く……」


 集めてしまった注目は、どうすることもできず。

 晴れて俺たちは変な2人組として、この場に君臨してしまっていたのだ。


「とりあえず、人の少ない場所に行きましょう」

「わ、わかった」


 そんな状態でこの場に居続けられるわけもなく。

 俺は逃げるようにして、アマネさんを連れその場を去った。


 本来ならこの会場から出て行きたいところだが。

 幸いにも会場は広いので、どこか遠くの方に移動するだけで済みそうだ。


「いいですか。もうあんな目立つようなことしたらダメですよ?」

「すまない……」


 俺が軽く説教すると、アマネさんはわかりやすくしょんぼり。

 その姿はもう、SOTSの代表として出席した天翔ける剣姫ではなかった。


(どうしてこの人は、俺の前だといつも……)


 普段は保てているはずの風格も、俺の前では全くの皆無になってしまう。

 その上世間に染み付いた彼女へのイメージが良いものゆえに、こうしてポンコツ染みているアマネさんを、大勢の人の目に晒すわけにはいかなかった。


(俺がどうにかするしかないか……)


 アマネさんの実態を知っているのはおそらく俺だけ。

 ならば俺がどうにして、彼女の尊厳を守り抜かなければならない。


「はぁ……」

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