第29話 見つからない探し物

 パーティーへの招待を受けたその翌日。

 俺はとある目的のために、街の書庫に来ていた。


「これ、はちょっと違うし。こっちもジャンルが違うよな」


 そう呟きつつ見比べているのは、ダンスに関する参考書。

 ロックやらブレイクやらと、何やら色々な種類があるようなのだが……。

 あいにく俺の求めているものとは、全くの別物のダンスばかりだった。


「ん、こんなのもあるのか」


 するとここで、とある一つの参考書に気を取られた俺。

 手に取ってその表紙をめくってみると、そこには奇妙な少年の写真があった。


「なんでこれ、真顔なんだ……?」


 何かに取り憑かれたような顔の少年は、これでもかと背筋を伸ばし。

 両手をまっすぐに突き出したまま、人形のように腕を左右に振る。


 しかしそれはただ無造作に腕を振っているわけではなく。

 ある一定の動きを忠実に守り、規則正しく振ることがポイントとされていた。


 本のタイトルには”フロスダンス”と書かれているようだが。

 最近はこんな奇妙なダンスも、流行りの一つなのだろうか。


「んんー……」


 しばらくその本を読み進めてみるも、理解するまでには至らず。

 ただひたすらに奇妙な少年の写真を、眺めさせられるだけだった。


「……っと、こんなことしてる場合じゃないな」


 不意に我に返った俺は、急いでその参考書を閉じ。

 元あった場所へと戻すと、再び目的の本を探すことにした。


 ちなみにその目的の本というのは、社交ダンスの参考書。

 3日後に迫るパーティーに向けて、その基本を身に着けようと思ったのだ。


「にしてもなさすぎる」


 しかしそれらしき本は、いくら探しても見つかることはなく。

 全く関係のない本を手に取っては戻し、本を取っては戻しの繰り返し。


「てか本多すぎだろ……!」


 なんて思わずぼやいてしまうくらいに、ここの書庫は広大だった。

 まあこの街にある唯一の書庫だから、それだけの知識が保管されているのだろうが、それにしてもここまで多いと、逆に欲しい知識が手に入らない気がする。


 今思えばさっきのフロスダンス……? の本だって、言ってしまえばあまり役に立たない参考書なわけであって。

 そういう要らないものばかりを集めすぎてしまうと、本当に必要なものをうっかり見失ってしまうことになりかねない。


 とはいえ。

 俺の探し方が悪い説もあるので、これ以上は何も言わないことにする。

 実際書庫などたまにしか利用しないので、こういった作業には慣れていないのだ。


「隣の棚行ってみるか」


 そう思った俺は、今まで見ていた列のもう一つ隣の棚へ。

 あまり期待はせずとも、ゆっくりと並べられた本のタイトルを確認して回る。


 すると——。


「あれ?」


 ふと顔を上げたその先に、見覚えのある女性の姿があった。

 その女性は長い金髪を棚引かせ、何やら必死に背伸びしているご様子。

 だがそれでもなお、本棚の半分にも満たないくらいの低身長だった。


「んんー……」


 力むように声を漏らす彼女の目的は、どうやら少し高い位置に置かれた本。

 それも俺が手を伸ばしてようやく取れるくらいの高さにあるものだった。


「んんんんー……」


 いくら力んだところで、届かないものが届くはずもない。

 やがて彼女の手足は、小刻みにプルプルと震え始めてしまう。


(はぁ……しかたねぇ)


 それを見かね、思わず俺は動き出してしまった。

 別に届かない本を取ってやる義理など俺にはないはずなのだが。

 それでも無視して立ち去るよりは、よっぽど自分に合った行動だと思ったのだ。


「よいしょっと……ほら、これ」

「あ、すみません。ありがとうございま……」


 そうして俺は本を取り、それそいつに渡そうと思ったのだが――。


「ななな、なんであなたがここに!?」


 本を取ったのが俺だとわかった瞬間。

 そいつは突然に慌てふためきだしたのだ。


「なんでって。俺も本借りに来たんだけど」

「ほ、本!? どうしてあなたが本なんて……」


 そして少し失礼なことを言われたかと思えば。

 今度はなぜか顔を真っ赤に染めて、


「この前のことは違いますから! 勘違いしないでください!」

「この前のこと……ってああ。あの酔っぱらってた時のことか」

「く、口にしなくていいです! それよりもいいですか! あの時の私はどうかしていただけで、べ、別にあなたのことなんてなんとも――!」


 だいぶ興奮した様子で、ずっと何かを訴えかけてきているようだった。

 まあ忙しい口調ゆえ、何を伝えたいのか全くもって理解できないが。

 とりあえずこいつが冷静ではないということだけはなんとなくわかった。


「くれぐれも勘違いしないでください! 私はあくまで冷静で――!」


 ちなみに言うまでもないだろうが、こいつの正体はルルネ。

 あの日べろんべろんになるまで酔っぱらっていたあのルルネだ。


 どうやら今日は俺と同じく本を探しに来ていたようで。

 運の悪いことにこうして鉢合わせることになってしまった。


(てかこの本いつまで……)


 そんな彼女の目的の本は、未だになぜか俺の手元に。

 どうやらルルネはそのことに全く気が付いていないようで。

 要点がまるでない話を、ただひたすらに続けているだけだった。


「ですから私はずっとアマネさん一筋で――!」

「おい、もうわかったから少し落ち着け」

「はっ……!?」


 それには流石の俺も黙ってはいられず。

 被せるようにそう言うと、ようやくルルネは正気を取り戻したよう。


「す、すみません……取り乱しました……」

「まあわかればいいんだ。ほら、これ」

「わ、わざわざありがとうございます」


 そして俺が本を渡すと、ルルネはそれを両手で受け取る。

 だがその際に彼女は、一切俺と目を合わせようとはしなかった。

 少し俯いたまま、なぜか自分の手だけをじっと見つめていたのだ。


「どうかしたのか?」

「い、いえ。なんでも」

「そうか」


 尋ねてみるも、特にルルネは何も言わず。

 ならばと俺も、あまり深くは考えないことにした。


「それよりも。お前剣術の本なんて読むんだな」

「ええまあ。新しいスキルを覚えようと思って」

「新しいスキル……なるほど、なんかお前らしいな」

「そういうレンさんはなぜここに?」

「俺はある参考書を探しに来たんだよ」

「参考書ですか。ちなみにそれはどんな参考書なんですか?」

「ああ、それなんだが……」

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