第28話 似合わなすぎる招待状

 修羅場を迎えたあの日から数日が経った今日。

 あれ以来アマネさんとは、ろくな会話の一つもしておらず。

 冒険者ギルドで顔を合わせても、露骨に無視されてしまうばかり。


『アマネさん、おは——』

『ぷいっ』


 みたいな感じで、明らかに俺を避けているようだった。

 まああんなことがあれば、怒るのも当然のことだとは思う。


 だからこそ俺は今日、アマネさんに意を決して声をかけた。

 初めこそまた無視されると思っていたのだが、意外にも彼女は俺の誘いを素直に受け入れてくれて、今は昼の酒場で2人向かい合って座っているところだ。


「…………」

「…………」


 とはいえ。

 場の空気は最悪で、先ほどからずっと底知れぬ無言が続いている。

 向かいに座るアマネさんは、一切俺と目を合わせてはくれないし。

 だからと言って俺が声をかければ、『ぷいっ』とそっぽを向かれてしまう。


(どうすんだよこれ……)


 為す術もないとはまさにこのことなのだろうか。

 何にしろ、これは俺にとって非常にまずい状況だ。


 せっかく会話のチャンスができたのに、誤解の一つも解けないで終了。

 そうなっては元も子もないので、何とかコミュニケーションを図りたい。


 とりあえずはなんでもいい。

 とにかく会話を始めなければ、誤解を解けないまま終わってしまう。


「ふぅぅ……」


 考えを決めた俺は、心を落ち着けるべく軽く息を吐いた。

 そして機嫌を損ねているであろうアマネさんに、再度声を掛ける。


「あの、まだ怒ってますか……」

「ぷいっ」


 しかしアマネさんは、またもやそっぽを向いてしまった。

 というか今のは、俺の発言のチョイスが悪かったような気がする。


 そもそも怒っているかどうかなんて、見れば一発でわかるし。

 ここはもっと本題に近い話題を出した方が良さそうだ。


「え、えーっと。この間の話なんですど」


 ピクッ——!!


「あれはですね。誤解というか何と言うか……」

「…………」


 本題に近づいた瞬間、アマネさんが反応したような気もしたが。

 そんなことよりも今は、伝えるべきことを伝えなきゃならない。


「ルルネと俺は別にそういう関係というわけじゃなくてですね……」

「……証拠」

「えっ?」


 するとここで、今まで頑なに口を聞こうとしなかったアマネさんが、ようやくその重い口を開いてくれた。


「あれが誤解だという証拠は」

「証拠ですか……」


 しかし突きつけられたのは、何とも痛い質問。

 信じて欲しけりゃ証拠を出せという、ごくごく当たり前のものだった。


「証拠は……。すみません、ないです」

「ならば信用できんなっ! ぷいっ!」

「はぁ……」


 だが俺にはその質問に見合うだけの答えはなく。

 正直に話すと、アマネさんはまたもやそっぽを向いてしまった。


(参ったなぁ……)


 黙ってやり過ごそうとしてもダメ。

 正直に話そうとしてもダメ。


(だとしたら俺は、一体どうしたらいいんだ)


 考えれば考えるほど混乱し、気づけばその場は沈黙に逆戻り。

 これじゃまずいと何か話そうとするも、上手く言葉が出てこなかった。


「えー……っとですね……」


 何か言わないと。何か言わないと。何か言わないと。

 そんな言葉ばかりが脳裏に浮かび、俺の思考の妨げとなる。


 もしかしてこれ、俺が何を言っても無駄なんじゃないのか?

 そもそもこんな状態で、アマネさんの誤解は解けるのか?

 

 そんな不安ばかりが浮かび、やがて今の自分の状態が見えてくる。

 きっと今の俺は冷静じゃないんだと、焦りや不安から気づかされる。


(今日は辞めとくか……)


 そしてついには、そんな結論にたどり着いていた。

 おそらく今の調子で会話をしても、良い結果にはならなそうだし。

 ここは一旦保留して、また後日改めて話をするのがいいだろうと。


 しかし——。


「一つ……頼まれごとをしてはくれないか」

「えっ?」


 俺の思考、そして沈黙を切り裂くように、突然アマネさんは呟いたのだ。

 これには俺も腑抜けたような返事を返すしかなく、不意に合わさった視線に謎の緊張感さえも覚えるほどだった。


「頼まれごと……ですか?」

「もし受けてもらえるなら、今回のことは水に流しても構わない」

「……ってことは俺を許してくれると?」

「ああ。不本意ではあるが」


 するとアマネさんは、わざとらしく咳払いを一つ。

 変わって真面目な顔つきになると、続けてそのことについて話し始めた。


「実は今度、この街に貢献するFGを交えてのパーティーが開かれることになっていてな。それに私と一緒に参加してほしい」


 そして持ちかけられた頼みとは、まさかのパーティーへの招待だった。

 どうやらそれに俺が参加すれば、先日のことを許してくれるのだという。


「パーティーって……俺がアマネさんと?」

「ああ。うちのFGからは2人出席することになっているのだが、それをぜひともレンに頼みたいのだ」

「パーティー……マジですか……」


 あまり実感が湧いていないが、どうやら冗談ではないらしい。

 パーティーなど行ったことすらないので、正直かなり驚いた。

 というか俺なんかがFGの代表で、本当にいいのだろうか。


「ち、ちなみに日時はいつ頃ですか?」

「4日後だ。本来ならもっと早めに知らせるべきなのだが……」


 そう言うとアマネさんは、バツが悪そうに視線を逸らした。

 俺はもちろんその訳に気づいたが、特段何も口出しはせず。


「それに関しては仕方ないですよ。それよりも本当に俺でいいんですか?」

「え、ああ、もちろん。レンに出てもらうと私は嬉し……助かるんだ……!」

「そ、そうなんですか」


 アマネさんが露骨に動揺しているが。

 まあとりあえずは気にしないとして。


 俺でいいと言うのなら、ありがたく受けさせてもらうとしよう。

 おそらくはこれで、気まずかった関係も少しは回復するだろうし。

 パーティーなんて貴重な場、人生で一度は体験してみたいから。


「わかりました。俺も出ますよ」

「本当か!?」

「え、ええ。構いませんよ」


 俺が了承すると、アマネさんの機嫌は瞬く間に元どおり。

 むしろさっきまでの感じが嘘なくらいに、満面の笑みを浮かべていた。


「それじゃあレン、約束だからな!」

「はい、もちろんわかってますけど……」

 

 そしてついには立ち上がり、俺とアマネさんは指切りを交わす。

 というかなぜこの人は、いきなりテンションが爆上がりしたのだろう。


「あの、アマネさん。ちなみにそのパーティーはどこで」

「ああ、一応ベルティカ城ということにはなっているんだが」

「ベルティカ城ですか!?」


 あまりにも予想外すぎて驚いてしまったが。

 ベルティカ城といえば、この街じゃ一番警備が固めれている場所だ。

 そんな場所でパーティーとなると、やはり出席者の中には……。


「ということは王族も……?」

「もちろん出席するだろうな」

「やっぱりですか……」


 となるともしかすれば、”あの人”も出席しているかもしれない。

 確実ではないが、可能性としては大いにあり得る話だろう。


(てか、貴族のパーティーって……)


 一度受けたのはいいが、それを聞いて少し不安が芽生えた俺。

 果たして本当に俺なんかが出席していいような場なのだろうか。

 そう思えば思うほど、俺の胃袋は突かれるようにチクチクと痛んだのだった。

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