第27話 壊れた同期は記憶がない

「あなたは今日、ウチに泊まっていきらさい!」

「はぁ!?」


 ルルネを女子寮まで送り届け、俺も家に帰ろうとしていた時。

 突然俺を足止めしてきた彼女は、あろうことかそんな言葉を吐いたのだった。


「お前、今なんて言った!?」


 もちろん俺は、彼女の言葉を全く理解することはできず。

 聞き間違いであることを願って、再びルルネに尋ねてみることにした。


「いいれすか! もう一度言いましゅからね!」


 しかし。

 俺のそんな願いとは裏腹に、ルルネはビシッと俺を指差し、


「あなたは今日、ウチに泊まっていきらさい!」


 と、赤らんだ顔で、はっきりとそう言ってのけたのだ。

 これには俺も、流石に聞こえないふりをするのは不可能だった。

 なのでとりあえずは、おかしなルルネに質問してみることにする。


「なんで俺がお前の家に泊まらないとなんだよ」

「そんなの決まっれます! 1人じゃ寂しいかられす!」

「寂しいって……お前いつもここに1人で住んでるんだろ?」

「そんなのは関係ないれす! 私は今寂しいのれすよ!」

「んん……」


 だがしかし、ルルネの様子はずっとおかしなままで。

 返ってくる返答は全て、わがままな子供のようなものばかり。


(さて、どうしたもんか……)


 間違いなく俺は今、帰るタイミングを見失っている。

 服をルルネに掴まれているせいで、これ以上進むことはできないし。

 かと言って無理やり振りほどけば、おそらくこいつは黙っちゃいない。


 なんせここは女子寮なので、誰かに見つかるのだけは避けなければならない。

 となると、やはり無理やり帰ろうとするのは、得策ではない気がするのだ。


「私を1人にしないでくらさらいよぉぉ」


 と、ここでなぜかルルネは、目に涙を浮かべ始めた。

 さっきまではどちらかというと怒り口調だったはずなのに。

 酔っ払いというのはどうしてこう、感情の浮き沈みが激しいのだろう。


「寂しいんれすよぉぉぉぉ」

「わかったから……とりあえず落ち着け」

「もー……レンしゃんのおバカぁぁぁぁ」

「バカはお前だよ、ちくしょう……」


 感情が高ぶるにつれ、どんどん声が大きくなっていくルルネ。

 きっとこのままだと、いずれは他の部屋までこの声が届くことになる。

 もしそんなことになれば、間違いなく俺は不審者扱いされるだろう。


「夜だから静かにしてくれ……」

「やっぱり私は1人ぼっちなんでしゅよぉぉぉぉ!!」

「はぁ……」


 俺がいくら訴えても、ルルネが落ち着く様子はなく。

 俺の服の袖を片手でつまんだまま、幼げに涙をこぼしていた。


「頼むから勘弁してくれよ……」

「クスン、クスン……静かにしたら、一緒にいてくれましゅか?」

「だからそれは無……」


 それは無理。

 そう言いかけて、俺はふと思いとどまった。

 というのも、この不毛なやりとりに終止符を打つ方法を思いついたのだ。


「わかった。一緒にいてやる」

「えっ? 本当れすか?」

「ああ」


 俺がそう言うと、ルルネはピタッと泣くのをやめた。

 そして上目遣いで俺の顔を見ては、花が咲いたような笑顔を浮かべる。


「わーい! これで寂しくないれす!」

「はいはい、良かったな」


 俺の服の袖を掴んだまま、嬉しそうにぴょんぴょんぴょんぴょん。

 おかげで腕はぐわんぐわん上下に揺さぶられる。


(お前、キャラ大丈夫か……)


 なんて思わず突っ込みそうになったが、なんとか抑え。

 昼間のルルネとはワケが違うその少女に、少しばかり呆れていた。


「てか、あんま手揺らすな……ちぎれる」

「やっぱりレンしゃんは優しいれすね!」

「ダメだこいつ……」


 話に乗れば少しは静かにするかと思えば。

 結局は泣き止んだだけで、ルルネはうるさいままだった。


「はぁ、何やってんだよ俺は……」

 

 そんなことをボヤいたところで、この状況が変わるわけもなく。

 結局俺はこの酔っ払いに、トコトン付き合う羽目になるわけだ。


 もちろん泊まっていくつもりはさらさらない。

 ルルネが少しでも寝たら、俺は速攻家に帰る所存だ。


 しかしそれでもここは女性専用の寮な訳であって。

 男の俺が入るとなると、かなり気が引けてしまうのは否めない。


「いいか。お前の意思で部屋に入るんだからな?」

「そうれす! 私の意思でレンしゃんはウチに来ましゅ!」

「よし、くれぐれも忘れるなよ」

「もちろんれすよぉ!」


 不安ゆえに、俺はルルネに確認をとってはみたが。

 どうやらこの様子じゃ、確認以前に今日の記憶すら残らないだろう。


 というかむしろ、そっちの方が幸せかもしれない。

 もしルルネがこのことを思い出せば、間違いなく悶絶するだろうから。

 

「次はもう少し考えて飲めよ」


 盛り上がるルルネを前に、俺はポツリとそう呟いた。

 だがきっとその声も、彼女の意識には届いていない。

 だとしたらまた今度、注告の一つでもしてやるとしよう。


 なんて俺が考えていた矢先——。


「レンしゃん!」

「はっ!? 何すんだよいきなり!?」


 突然俺の名前を呼んだかと思えば。

 前置きもなく、ルルネは俺に向かってガバッと抱きついてきたのだ。


「おい、離れろって……!」

「いやれす! 離れましぇん!」

「離れませんじゃなくて……!」


 今日の昼間みたく、俺の腰にがっちりと腕を回しているルルネ。

 それはあまりにも唐突で、振り払おうとしてもビクとも動かない。


(本当に勘弁してくれ……)


 こんな夜中に、ましてや女子寮の前でこんなことになっていては、誰かに見られた時にシャレにならないどころの騒ぎではない。


 それになぜか俺は、先ほどから嫌な視線を感じている気がするのだ。

 あの近くにある木々の裏あたりから、どことなくこちらを覗く嫌な視線を……。


「レン、そこで一体何をしている」

「ですよねぇ……」


 思わず嘆息してしまうほどに、お決まりのこの展開。

 俺がルルネと一緒にいるところを、例のあの人に見られている。

 そんな誰も得しない展開を、果たして誰が望んだというのだろう。


「万が一と思ってついて来てみれば。レンはやはりその女と……」

「いやいや、待ってくださいよ……」


 事情を説明しようとするも、状況が状況なので出てくる言葉がない。

 さっきまであれほど騒いでいたルルネは、いつの間にか俺の胸元で寝ているし、側から見れば、これは間違いなく終わりの始まりというやつだろう。


「今度という今度は許さんっ!」

「はぁ……どうしてこうなるのぉぉ……」


 こうして再びやって来た修羅場。

 一体俺はこの現状をどうやって切り抜ければいいのか。

 今の俺には、策の一つも有りはしなかった——。

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