第26話 天翔ける剣姫の信者様
「うひひぃ……アマネしゃまぁぁ……」
「…………」
酒場を出てからしばらく歩き、ようやく住宅街が見え始めてきた頃。
背中で寝ていたはずのルルネが、突然何かをしゃべり始めたのだった。
「そんなことらいですよぉぉ……もう、アマネしゃまったらぁぁ」
俺は気になり後ろを向くと、まだ彼女は目を閉じたまま。
だらしない顔をしているので、おそらくは夢でも見ているのだろう。
「やっぱりアマネしゃまはしゅごいれすねぇぇ」
「…………」
「だいしゅきでしゅよぉぉ……アマネしゃまぁぁ」
「…………」
しかもどうやら見ている夢には、アマネさんが登場しているようで。
耳元近くにも関わらず、ルルネは何度も何度もアマネさんの名前を呟いていた。
(てか、うるせぇ……)
心の中でそう思うも、夢の中のルルネには届くはずもなく。
永遠とアマネさんの名前を口にするあたり、よっぽどあの人のことが好きなのだろうと思う。
「さしゅが私の憧れの人……かっこいいですアマネしゃまぁぁ」
「憧れの人……」
さらには寝言で、そんなことまで言ったルルネ。
酒場で声をかけられた時から、なぜかアマネさんのことを様付けして呼ぶなとは思っていたが……どうやらルルネは、本気であの人のことを尊敬しているらしい。
「もう、そんらに褒めないでくらさいよぉぉ、えへへへ……」
それにしてもここまで慕っているとなると。
もしかしたら過去に、あの人との間に何かがあったのかもしれない。
例えば危ないところを助けられたとか。命を救われたとか。
アマネさんレベルの冒険者となると、そういった武勇伝はたくさんありそうではある。
「えへへへへへへ!」
「いや、本当にうるさいな」
とはいえこの状況は、なかなか我慢できるものでもない。
仕方ないとはいえ、酔っぱらいを背負って家まで送っているわけだから。
その上耳元でうるさくされては、こっちだって黙っちゃいられない。
「おいルルネ、いい加減静かにしてくれ」
「むにゃむにゃ……」
少し大きめの声でそう言ってはみるも。
やはり彼女には、全く届いていないようだった。
「まったく……」
ならば仕方ないと、割り切ることにした俺。
崩れていた態勢をよいしょと整え、再び家に向けて歩き出した。
「でもなんか、懐かしいな」
ふとそんなことを呟いたかと思えば、俺は自然と昔のことを思い出していた。
ちなみに昔というのは、俺がまだ子供らしい大きな夢を持っていた頃。
歳にして9歳か10歳ぐらいの時だったと思う。
あの頃の俺はとても活発で、街に出ては同じ年頃の女の子と遊んでいた。
その子は俺よりも一つ年下で、まるで俺を兄のように慕ってくれていて。
会う度に必ず『お兄ちゃんおんぶ!』っていいながら、俺の腕にしがみ付いて来ていたっけ。
だからと言ってルルネが、あの子に似ているというわけでもないが。
こうして小柄な女性を背中に乗せると、どうしてもあの頃のことを思い出してしまうのだ。
(まあ、昔の話だけど)
あまりにも昔過ぎてはっきりとは覚えていない。
でもおそらくあの子は、今もこの街で元気に暮らしていることだろう。
一度会ってみたいとは思うが、そういう機会すらもないので仕方がないのだ。
「よし、もう少し頑張るか」
何にせよ、今背中にいるのは酔っぱらいだ。
気づけば寝言も言わなくなったようだし、このまま急いで家へと届けよう。
* * *
俺たちが所属するフリーギルド
それゆえに所属している冒険者に対する待遇も良く、そのサービスの寛大さはこの街随一と言っても過言ではないだろう。
駆け出しの団員には、一から冒険者としての基礎を教え。
お金や居場所に困った団員には、無料で寝床を貸し出したりもしている。
ちなみに今日ルルネを送ってきたこの場所も、うちの団員専用の施設。
まあ施設とはいってもここは女性専用の寮であるため、俺のような男性冒険者からしたら、まず来ることがないような場所なのだが。
「ここだな」
そんな2階建ての寮の1階にルルネの部屋はあった。
部屋番号までは聞いてなかったので、どうしようかと思っていたら。
ドアノブのところに”ルルネ”と、わかりやすい札が掛けられていたので助かった。
「ほら、着いたぞ」
部屋の前につくやいなや、俺は背中のルルネに呼びかける。
ここは女性専用の場所であるために、できれば長居はしたくないのだ。
「おい、いい加減起きろ」
「……んん、ここは〜……?」
「お前の家だ。どうやら女子寮みたいだし、できれば早く帰りたいんだが」
そう言いつつ俺は、ルルネを無理やり背中から降ろした。
しかし未だに酔いが抜けていないようで、足を地面につけるなり、フラフラと身体をよろめかせてしまっている。
「鍵、ちゃんと持ってるか?」
「鍵れすかぁ? それならここに~」
「なら、早く帰って休め。今日のことは貸しにしといてやるから」
なんて言ってはみるも、きっと覚えてはいないだろうし。
誰かに見つかってもまずいから、俺はさっさとずらかるとしよう。
「それじゃ俺は帰るからな」
俺はそう告げて、足早にその場を後にしようとした。
しかしだ――。
「むぅぅ、待ってくらさい」
そう言われたかと思えば、服の袖を指でつままれ。
立ち去ろうとしている俺を、なぜか自分の方に引き寄せようとする。
(勘弁してくれよ……)
俺がそう思いつつ振り返ると。
あろうことかルルネは、俺に対しこんな言葉を吐いたのだった。
「あなたは今日、ウチに泊まっていきらさい!」
「はぁ――!?」
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