第25話 和解と酔っぱらい
『特別ですか……そう言われるとそうなのかもしれません』
あのルルネの一言で、見事氷河期へと逆戻りした俺たちの空気。
それを完全に溶かすには、ありったけの真実をアマネさんに説明する他なかった。
あの後。
当然のごとく、再び闇ルートへと突入したアマネさんに、またもや殺されかけた俺は、己が持つ少ない知恵と言葉を巧みに使い、何とかその誤解を解くことに成功。
おまけに彼女の何もかもを褒め称えたことによって、底辺まで落ち込んでいた機嫌も、通常時ほどまでには回復させることができた。
その際に俺が普段言わないようなセリフを吐いたりもしたが。
まあそれは、その場をしのぐために仕方なく使った策であって。
正直なところ、本心と虚言が半々くらいの付け焼刃だったと思う。
しかしああいう事態だからこそ、付け焼刃の効果は絶大で。
アマネさんだけでなくルルネも、俺の言葉を鵜呑みにしていたようだった。
もちろんその後でルルネの誤解は解いたのだが。
どうやら彼女は、それまで本当に俺とアマネさんが恋人関係にあるのだと思っていたらしい。
どうしてこう周りの連中は、すぐ噂話に流されてしまうのだろうか。
俺は昔から自分の目で見たものしか信じないたちだから、そういう奴らの気持ちは全くもって理解できなかった。
* * *
色々と事は起きたが、とりあえずは一件落着。
2人の誤解も解け、何とか平穏を取り戻すことができた俺。
だったのだが、なぜか今はその2人と共に、冒険者ギルドの酒場にいた。
「今日は勘違いをして本当にすまなかった」
「い、いえ。でもどうして突然食事なんて」
「これはほんのお詫びだ。レンも好きなだけ飲んでくれていいぞ?」
そう言うとアマネさんは、手元にあった謎のお酒をぐびっと一口。
外見に似合わない良い飲みっぷりで、みるみるうちにコップが傾いていった。
「ぷはぁぁ。やっぱりいいなここの酒は」
「アマネさん、意外とお酒強いんですね」
「まあ、飲み会で鍛えられているからな」
確かにうちの親睦会は毎度酷いものだが。
その中で彼女が酒を仰いでいる姿を、俺はあまり見たことはない。
「たまにうちの奴らと競ったりもするのだぞ?」
「競ったりするって……まさかあの酒豪グランプリですか!?」
「まあ私の場合すぐお腹が膨れてしまうから、彼らには敵わないのだが」
「それでも驚きですよ……まさかアマネさんがあれに参加してるなんて」
「そうか? 割と良いイベントだと思うぞ?」
そう言いつつアマネさんは、またもやお酒をぐびっと。
その姿を前にしても、やはりこの人があのイベントに参加しているところなど想像もつかなかった。
「まあ私はみんなが楽しくやれればそれでいいんだ」
「楽しく……ですか……」
あれ全然楽しくないですよ。
とは、流石の俺でも言えなかった。
なぜならあの場で楽しんでないのは、俺含め数人だけのようだし。
全体が盛り上がるという意味では、確かに良いイベントかもしれないから。
「それよりもレン、飲まなくてもいいのか?」
「ああはい。俺そんなに酒は得意じゃないので」
「そうなのか。それは申し訳なかったな」
「いえ、酒場自体は嫌いじゃないですから」
酒は確かに苦手だが、酒場にあるこの独特の雰囲気は嫌いじゃなかった。
冒険者同士が顔を合わせ、お互いの戦果や現状について本音で語り合う。
それはとても良いことだと思うし、その一員になることで、どこか充実感が得られる気がするのだ。
「色々な話を聞けるのは、冒険者として有難いことです」
「確かに他人の経験を知れるのは、酒場の良い点かもしれないな」
「はい。まあでもそれは、”話す側がまともな状態であれば”なんですが」
「ん?」
そう言いつつ俺は、アマネさんのすぐ隣に目を向ける。
するとそこにいたのは、幼げな顔を真っ赤に染めた俺の同期。
頭をフラフラと揺さぶりながら、小声でブツブツと何かを呟いていた。
「アマネしゃまぁぁぁ……」
「る、ルルネ。どうしたのだ突然」
「アマネしゃまぁぁぁ……しゅてきしゅぎましゅよぉぉぉ……」
「しゅてき……? だ、大丈夫かルルネ!?」
フワフワしているルルネに、アマネさんは必至な呼びかけをする。
しかしどうやら彼女はもう手遅れなようで、馬鹿の一つ覚えのように永遠と「アマネしゃまぁぁぁ……」を繰り返していた。
「どうやら酔っぱらってしまったみたいだな」
「そうみたいですね」
見た目からして、酒に強いとは思えなかったが。
どうやらルルネは俺の想像以上に、酒に弱い体質だったらしい。
その割に先ほどからガンガン飲んでいたので、こうなるのも当然だろう。
「どうする。このまま1人で帰せるのは不安だぞ」
「確かに。もう夜も遅いですからね」
人が密集しているがゆえに、夜のアストラは少し治安が悪い。
もしルルネをこのまま1人にして、襲われたりなんかしたら大変だ。
帰る際には誰か信頼できる同行者を付けてあげた方がいいだろう。
「んー、しかし私にはこの後やることがあってな……」
神妙な顔つきでそう呟くアマネさんには、どうやら用事があるらしい。
こんな夜遅くまで仕事があるとは、やはりギルドマスターをやっていると、色々と大変なのだろう。
ならば――。
「俺が送っていきますよ」
「れ、レンがか!?」
「はい。俺この後暇ですし、構いませんけど」
正直めんどくさいが、この際だから仕方ない。
酔っぱらいの扱いには、アインのおかげで慣れているし。
アマネさんが用事というなら、俺がルルネを送っていくしかないだろう。
「ほ、本当に大丈夫なのか?」
「ええ、ただ送るだけですし。慣れてますんで」
「でもルルネは酔っぱらっているし、も、もしものことがあったら……」
「なんですかその”もしものこと”って」
何を言いたいのか正直わかりたくもないが。
おそらくアマネさんは、色々と余計な心配しているのだろう。
でもあいにくそんな心配は無用だ。
そもそも俺はそこら辺の男みたくバカじゃない。
間違ってもルルネに手を出すようなことはないだろう。
「心配いらないですよ。俺は素面なんで、善と悪の判断はできます」
「し、しかしその……ルルネはすごく可愛らしいし……」
「アマネさん。少しは俺を信用してください」
「うぅぅ……」
まあアマネさんの言いたいことも理解できなくはない。
普通ならここは俺じゃなく、もっと気の知れた女性かなんかに任せるのがベストなのだろうが、案の定ここは男性冒険者のたまり場である酒場だ。
ここではルルネの知り合いどころか、女性冒険者すらも見つからない。
「送ったらすぐに帰るって約束してくれるか?」
「もちろんです。俺だって早く家に帰りたいですから」
他の誰かにルルネを任せたりすれば、おそらく無事じゃ済まない。
ならばここは、めんどくさくとも俺が彼女を家まで送るしかないのだ。
「それじゃあ……わかった」
「はい、任せてください」
俺の必死な説得の末、ようやくアマネさんも納得してくれた。
まあ正直「ならば私が送る!」という展開を期待していたので、少しばかり残念ではあるのだが。
「それじゃこいつ送って俺も帰るとします」
「あ、ああ。頼んだぞレン」
アマネさんも忙しいだろうし、ここは腹を括るとしよう。
それにこの一件がルルネに対しての貸しになれば……なんて腹黒いことを考えながら、俺は酔いつぶれている彼女を、背中に担ぎ上げたのだった。
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