第24話 修羅場からのほころびからの修羅場

「そこで何をしているのだ、レン……」


 その声が聞こえてきたのは、俺たちが街へと戻ろうとしていた時。

 それはあまりにも突然の出来事で、俺の平常心を一気に奪い去るほどのインパクトを持ち合わせていた。


「あ、アマネ様!?」

「アマネさん、どうしてここに……」


 ルルネは驚き声を上げると、瞬く間に俺の背後へと隠れる。

 それに対し俺は、状況の整理ができず、その場で立ち尽くしているだけ。


「レン……これは一体どういうことだっ!」


 しかし訪れた本人は、そんな俺たちに容赦することはなく。

 まるで鬼面でも付けているかの如く、鋭い目つきで俺たちを睨んでいた。

 いや、正しくは”俺たち”ではなく”俺のことを”なのだが。


「聞いているのかレン」

「あ、はい。ちゃんと聞こえてます」

「なら説明してくれ。これは一体どういうことだ」

「どういうこととは……どういうことでしょうか……?」

「とぼけなくていい。もう言質げんちは取れている」


 そう言うとアマネさんは、なぜか装備していた剣を抜いた。

 そしてそれを俺たちにシュピーンと向けると、


「その娘はなんだ」

「その娘……ああ、ルルネのことですか?」

「ルルネ……そういえばうちの団員にいたな」

「はい。こいつはそのルルネです」


 今度はルルネに、敵を見るような視線を送っている。

 それにはたまらずルルネも疲弊して……と思いきや。


「レンさんっ!! 私今アマネ様にすっごい見られてる気がします!!」


 なんてわかりやすく頬を染めながら、小声で俺に訴えかけていたのだ。

 これには俺も脱力する他ない。てか意味不明過ぎてちょっと引いた。


「いや、今はそういう場合じゃ……ってか近いから少し離れろ」

「無理です無理です! 今離れたらアマネ様と目が合ってしまいます!」

「目が合うくらいいいだろ! それよりもこの手どうにかしろ!」

「無理です無理です! そんなことしたら恥ずか死んでしまいます!」


 一向に俺から離れようとしないルルネ。

 終いには背中からガッチリと腕を回し、俺の身体にしがみ付いて来ている。


「いい加減離せって……!」


 どうにか振りほどこうとしても、全然離れる様子はなく。

 ルルネは俺の背中に顔をうずめ、必死に顔を隠そうとしているのだ。


(マジ勘弁してくれ……)


 そんなやり取りが長引けば長引くほど、俺の額からは冷や汗が流れ出てくる。

 というかこいつはなぜ、アマネさんが来た途端におかしくなってしまったんだ。


「絶対に離しませんんんんん!!!!」

「離しませんて……お前なぁ……」


 そう叫んだルルネは、徐々に徐々に腕の力を強めていく。

 彼女の腕が細いということもあって、その感覚は縄で縛られているかのようだった。


(てか普通に痛いんですけど……)


 必死になっているせいで、力の感覚がバカになっているのだろう。

 か細い少女に抱き付かれている割には、その代償があまりにも大きかった。

 というか、そろそろ離してもらわないと、このまま身体がちぎれそうだ。


「おい、もういいだろ……」

「はっ!! すみませんつい……」


 そして俺がかすれた声で訴えかけると。

 ここでようやく、長い苦痛から解放されることができた。


「はぁぁ、お前少しは手加減しろよな」

「本当にすみません……」


 俺が嘆息すると、ルルネは冷静さを取り戻したらしく。

 恥ずかしさを隠すように、視線をあちらこちらに泳がせていた。


「アマネ様を前にすると、どうしても舞い上がってしまって……」

「それにしても今のはやりすぎだ。もし勘違いでもされたらどうする」

「すみません……反省しています……」


 相手が同期のルルネとはいえ、今のはかなりまずかった気がする。

 不可抗力ではあるが、一応俺は女性に抱き付かれてしまったわけだし。

 おまけにその様子を、よりにもよってアマネさんに見られてしまったわけだ。


(気まずい……)


 空気がガラッと変わってしまったのが俺にはわかる。

 おそらく今俺の後ろでは、怒りに溺れた恐ろしい彼女が——。


「レン」

「はいっ!」


 恐ろしさゆえに、思ったよりも良い返事をしてしまった俺。

 それに乗じてゆっくりと後ろを振り返れば、魔王をその身に宿したかのような、すさまじいオーラを放つアマネさんの姿があった。


「いい加減説明してもらおうか」


 そう言いつつアマネさんは、なぜか剣を構え戦闘態勢に。

 殺意むき出しのまま、一歩一歩俺たちのいる方へと近づいてくる。


「あの……その剣は……」

「なぁに。正直に吐けば何もしない」

「てことは正直に吐かなきゃ殺されるんですね……」


 そんな会話をしている間に、アマネさんの剣は額のすぐそばまで迫る。

 どうやら彼女は、本気で俺を殺すつもりらしい。

 その目を見れば、何となくだがわかってしまった。


「さあ、早く」


 ついに追い込まれた俺。

 ここで正直に話さなければ、間違いなく殺される。

 ならば俺がとれる選択肢は一つしかなかった。


 ルルネがただの同期であること。

 そして今日は勝負を申し込まれここにいること。

 それさえ話せばきっとアマネさんも理解してくれる。

 そう信じて、俺は彼女にありったけを説明しようとした。


 すると――。


「待ってくださいアマネ様!」


 そう言って飛び出したのは、今まで隠れていたはずのルルネ。

 そのタイミングからして、どうやら俺を助けるつもりらしい。

 まあ何にせよ、アマネさんの誤解を解いてくれるならなんでもいい。


「私とレンさんは、アマネ様が考えているような間柄じゃありません!」

「ほーう、ではなぜこんなところで2人は一緒にいるのだ?」

「それは私が勝負を持ち掛けたからです!」

「勝負? それはつまり決闘する間柄ということか?」


 と、ここで。

 俺に向けられていた剣が、少しだけ後ずさりした。

 おそらくはルルネの必死な説得が、功を奏しているのだろう。


「私は今日、彼と戦って知りました。きっとこの人は、アマネ様のそばにいるにふさわしい力を持っているのだと」

「レンが……私のそばに!?」

「はい。正直認めたくはありませんが、私にはわかったのです」

「ふさわしい……お似合い……私とレンが……お似合い!?」


 なんだか余計な勘違いをさせているような気もするが。

 とりあえず現状を何とか出来るなら、これも良しとしよう。


「ですので私は見守ることにします。これでも一応、みなさんの同僚なので」

「そ、そうか! うんっ、なるほど、よくわかった!」


 そして気づけば、アマネさんの剣は地に伏せていた。

 表情もほころび、今はすっかりいつもの調子を取り戻している。

 これであとは適当に「頑張ってください!」とか「応援しています!」とか言ってくれれば、アマネさんも満足してみんな仲良く街に帰れることだろう。


 なんて思ってしまったのが運の尽き――。


「つまりレンとは特別な関係などではないということだな?」


 アマネさんに投げられた最後の問い。

 それに対しルルネは、あろうことかこんな返事を返したのだ。


「特別ですか……そう言われるとそうなのかもしれません」

「ん」「ん」


 ルルネがそう答えた瞬間、俺とアマネさんは揃いも揃って絶句。

 ようやく温められていた空気が、一瞬にして凍り付いた瞬間だった。

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