第23話 苦手と共有

「おい、もう目を開けてもいいぞ」

「ん、んん……」


 突如としてルルネを襲ったブラックウルフの群れは、何とか俺が討伐し、両者ともに目立ったケガもなく、課されていた目標をとりあえずは達成することができた。


「ほら、立てるか?」

「す、すみません……」


 だがおそらく無事だったのは、目に映る部分だけで。

 俺が差し出した手に重ねられた彼女の手は、どこか力なさげだった。

 手を引いて立ち上がってもなお俯いているその様子から、何となく今抱えている気持ちが理解できるような気がした。


「一応今ので20体だが。これでよかったのか?」

「20体……そうですか。もうそんなに討伐していたのですね」

「てことはやっぱり見てなかったか」


 気配や視線を感じなかったのでもしやとは思っていたが。

 やはりルルネは、俺が戦っているところを見てはいなかったらしい。


「安心しろ。数をごまかしたりはしてない」

「もちろんそれはわかっています。あなたがそんなことをする人じゃないって」

「そ、そうか」

「はい。それよりもあなたの方こそ、その……」


 そう何かを言いかけ、ルルネは再び視線を斜め下へ。

 落ち込んだ表情のまま、俺に伝える言葉を模索しているようだった。


(知るべきじゃなかったかもな……)


 仕方なかったとはいえ、これはきっと誰にも知られたくなかった秘密。

 おそらく彼女も、こんなことになるとは夢にも思っていなかったのだろう。


「あ、あのなルルネ」

「失望……しましたか」

「えっ?」


 と、俺が慰めようとした刹那。

 彼女の口から、思いもよらぬ言葉が飛び出した。


「今、なんて……?」

「ブラックウルフが怖いだなんて。普通なら笑ってしまいますよね」


 そう呟くルルネは、まるで自分を蔑んでいるよう。

 暗い表情に浮かぶ小さな笑みは、とても悲しく虚ろげだった。


「あのモンスターを前にすると、どうしても怯えちゃうんです」

「それって、要は苦手ってことか?」

「苦手ですか……。そうですね、まだそっちの方がマシなのかもしれません」


 するとルルネは顔を上げ、不意に遠くの方を望んだ。

 俺もつられてそちらを見れば、そこには数匹のブラックウルフが。


「トラウマなんです。あのブラックウルフが」


 ポツリと呟いたルルネは、どこか悲しげな瞳をしていた。

 遥か遠くで野を駆けるブラックウルフを眺めながら。

 彼女はしみじみと、自分の過去を振り返っているのだろうか。


「トラウマ、か……」


 そう聞いてしまうと考える、俺の昔からの悪い癖。

 触れない方が良いと知っていながらも、その過去を妄想してしまう。

 何か良くないことがあったんだろうと思い、勝手に哀れんでしまう。


「まあトラウマとは言っても、それほど重いものではありません。だからあなたまでそんな顔をする必要はないのですよ?」

「あ、ああ」


 そしてさらには、表情にまでわかりやすく出てしまう。

 意識などせずとも、俺は昔からこういう人間だった。

 これでは人付き合いが苦手なのも、自分で納得できてしまう気がする。


「もしかしたら私は、誰かに共感してほしかったのかもしれません。だからこうしてあなたに勝負を申し込んで……。ほんと、バカみたいですよね」


 きっとルルネも俺と同じなのだろう。

 彼女もまた、自分の苦手をはっきりと理解してしまっている。


 それゆえに、誰かに苦手を知ってほしいと願う。

 苦手を知ってもらって、少しでも気持ちを楽にできたらって。


「すみません。こんな話するつもりじゃなかったのに」


 でも、それは決して悪いことじゃない。

 むしろそれが否定されてしまったら……。

 そう考えると、俺は口を挟まずにはいられなかった。


「いいんじゃないのか、別に」

「えっ?」


 苦手を誰かに共感してほしいと思う気持ちは誰にだってある。

 だけどそれは難しいことで、それを知っているからこそルルネは、自分のした行動をバカだと思ってしまったのかもしれない。


 でも――。


「苦手の一つや二つは誰にだってある。それを知られたからって、別に恥じる必要もないだろ」


 苦手は共感はできずとも、共有することはできる。

 相手の苦手を知る。もしくは自分の苦手を知ってもらう。

 そうすることで、お互いの助けになることはできると思うのだ。


「もちろん恥ずかしい気持ちはわかる。俺にだって苦手があるからな」

「あなたにもですか……?」

「ああ、俺の場合モンスターではないが」


 俺にとっての人付き合いは、モンスターと対峙するよりも難易度が高い。

 ゆえに今までろくに人ともかかわらず、気づけば友人がたった1人という悲しい現状になってしまっているわけだ。


「まあ苦手ってのは、言ってしまえば自分の一部だ。だったら今更気にする必要なんて全くないだろ」


 苦手を含めた全てが自分。

 ならその全てを受け入れてくれる仲間を探せばいい。

 そうすればきっと、知らぬ間に苦手なんてのは気にもならなくなる。


「だから安心していい。俺はお前を否定したりはしない」


 俺は思いのままをルルネに伝えた。

 もちろんそれは本心からの言葉。

 話すのが苦手ながらも、一生懸命に紡いだ言葉だった。


「そうですよね……あなたの言う通りです」


 するとルルネは一言そう言ってくれた。

 どうやら俺の思いが、何とか彼女にも届いてくれたらしい。


「話が下手で悪いが、まあそういうことだ」

「くふっ、なんですかそれ。ちゃんと伝わりましたよ?」

「そ、それならいいんだ、それなら」

「ふふふっ」


 慌てる俺を見て、ようやく笑顔を見せたルルネ。

 その様子は、なんだか年下の妹を見ているような。

 愛らしさも感じるほどに、その笑顔はとても輝いて見えた。


「お前、笑ってた方がいいぞ」

「えっ……!?」

「ああいや……何でもない、忘れてくれ」


 つい余計なことを言ってしまい、すぐさま誤魔化した俺。

 だが次の瞬間にはもう、ルルネの頬が真っ赤に染まってしまっていた。


 激しく目を泳がせる様子からして、相当動揺しているのだろう。

 不意に出てしまった言葉とは言え、余計な勘違いをさせてしまったようだ。


「と、とりあえず、そろそろ街に戻るか」

「は、はい。それもそうですね」


 なんて言いつつも、本当は無理やり話を流したいだけだ。

 これ以上この場にいたら、胃が張り裂けそうだったから。


(てか、なんであんなこと言ったんだ俺……)


 思い返してみても、あれは意味不明だった。

 俺みたいな奴が、他人の、ましてや女性の外見に口を出すなんて。

 もしこんなところを”あの人”にでも見られたりなんかしたら……。


「そこで何をしているのだ、レン……」


 と、フラグを立ててしまったのが運の尽き。

 絶対に聞こえてはいけない声が、俺の耳に聞こえてしまったのだった。

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