第22話 隠したはずの弱点

「よしっ、これで残りは4体」


 俺が剣を振るい始めてから随分と時は経ち。

 ようやく目標の20体が、すぐそこまで迫ってきていた。


「もうこの辺りにはいないな」


 始めルルネと別れた場所で、しばらく戦闘を続けていた俺。

 見つけ次第積極的に対峙していたせいか、この辺りにいたブラックウルフは、もうほとんど倒し尽くしてしまったようだ。


「しかしこいつ、本当にドロップアイテムが少ないよな」


 そう呟きつつ俺は、倒したブラックウルフの牙を丁寧に剥ぎ取る。

 モンスターにはそれぞれ、倒した時に得られるドロップアイテムがあるのだが、このブラックウルフに限っては、そのアイテムが非常に少ないのだ。


「これだって安いだろうしな。そりゃあ誰も相手にしないわけだ」


 牙が採れるとはいえ、結局は細かくして石灰代わりに。

 肉や毛皮なんかは、独特の匂いが強いため、ほとんど使われることはない。


 いわば倒した戦果に見合わない報酬しか得られないモンスター。

 それがブラックウルフであり、街の冒険者たちが相手にしない理由でもある。


「んじゃ、残りの4匹でも探しますか」


 一通りアイテムの回収を終え、俺は重い腰をよっこらせと持ち上げる。

 今のところ目立つような怪我はしてはいないようだし、この調子だと思ったよりも簡単に、目標の20体を討伐し終えることができそうだ。


(これも、アマネさんとの特訓のおかげか)


 思い返せば確実に剣の腕が上達しているように感じる。

 今まではこんなにも楽にモンスターを狩れたことはなかったのだが。

 たった1時間の特訓でここまで変わるとは、流石に彼女を相手にすると、その中で得られる技術や経験値は桁外れに大きいらしい。


「てかあいつ、ちゃんと見てるんだろうな……」


 ということで、ここまで順調に戦えているわけだが。

 ことの発端であるルルネは、ちゃんと俺の戦いを見ているのだろうか。

 もしかしたら今頃は、負けた時の言い訳でも考え始めているんじゃないのか?


「まあ、別になんでもいいか」


 よく考えたらこれは、俺が望んだ勝負ではないし。

 あいつに実力を見せつけるために戦っているわけでもない。

 ならば見てようが見てまいが、俺は言われたことをやるまでだ。


「さ、移動だ移動」


 自分に言い聞かせるようにそう呟き、俺は一旦場所を移動することにした。


 目標の20体までは残りは4体。

 おそらくは小さな群れ一つ分くらいだろう。

 となるとやはり、もう少し街から離れて探した方が効率がいい。


 なんて思いながら、俺は剣をしまい更に街から離れる。

 予定だったのだが、何かが引っ掛かり数歩進んだところで足を止めた。

 そしておもむろに後ろを振り返ると、視線は無意識にあの大岩の方へ。


(流石に静かすぎるよな、あいつ……)


 何を察したわけでもないが、少しばかりルルネの様子が気になる。

 先ほどはあれだけ強気な態度を示しておいて、俺が戦っている間にこれだけ静かとなると、流石に気にしないわけにもいかなかった。


「様子見てみるか」


 もしかしたら逃げ出した可能性だって……。

 とは一瞬思ったが、彼女に限ってそんなことはないはず。


 ならば何か問題が起きているかもしれない。

 そう思うと、俺の足取りは自然と早足になっていた。


 色々な事態を考え、何か嫌な予感さえも覚え始めて。

 不安ながらも彼女の元に、できるだけ急いで向かっていると。


「きゃぁぁ!!!!」


 大岩の方から、一つの悲鳴が上がったのだ。

 その声からして、間違いなくルルネのものだと確信できた。


(なんだ……!?)


 悲鳴を聞いた俺は、駆け足でルルネの元へと向かう。

 秒数にしてほんの5、6秒。今まで彼女の近くにいて正解だった。


「どうした!?」


 すぐさま駆けつけることができた俺は、そのまま岩裏へ。

 呼びかけるとそこには、腰を抜かしたように地べたに落ちるルルネがいた。


「あ、あれ……」

「ん?」


 そしてルルネは、酷く動揺したまま目の前を指差す。

 俺もそれにつられるように、彼女が指差した先に視線を移した。


 すると——。


「おい、マジかよ……」


 思わずそう呟いてしまうのも当然。

 そこにいたのは今回のターゲットであるブラックウルフ。

 しかも単数ではなく4匹の群れで、揃って俺たちを威嚇していたのだ。


 グルルルルル……。


 牙を立てている様子からして、どうやらかなり怒っているよう。

 おそらくは俺が倒しすぎたせいで、その仲間まで刺激してしまったのだろう。

 なんとも想定外の副作用だ。


「ルルネ、お前も戦えるか」

「む、無理です……腰が抜けてしまって……」

「マジか……」


 ルルネの様子からして、怯えているのは間違いない。

 手足は震え、立つこともままならないとなると……。

 ここはやはり、俺が1人でなんとかするしかないだろう。


「俺の後ろに隠れてろ。怖いなら目をつぶっててもいい」

「で、ですが……!」

「心配するな。なんとかなる」

「わ、わかりました……」


 そう言うとルルネは、怯えながらも目をつぶった。

 岩肌に身体を預けるように寄りかかり、両手で自分の肩を力強く抱いて。


 ギュッと小さく丸まった姿は、もはや先ほどまでの彼女ではない。

 おそらくルルネは、この手のモンスターが苦手なのだ。


(だからブラックウルフなのか……)


 自分の苦手なモンスターをあえてターゲットとする。

 そうすることによって、俺の実力を測りたかったのだろうが。


 今回に限ってはそれも上手くはいかなかった。

 ルルネからすれば、自分の苦手を知られてしまったのだから。

 おそらく今頃は、相当に落ち込んでいることだろう。


 まあ、だからと言って俺がどうこう言うつもりはない。

 とりあえずは目の前のこいつらを倒して、めでたく目標達成といこう。


「さあ、どっからでもかかってきやがれ」

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