第21話 目標、ビギナーズキラー!

 その翌日。

 乗らない気持ちをなんとか誤魔化し、とりあえず装備を整えた俺。

 腰にはしっかりと昨日新調した武器を装備し、一応は準備万端である。


「待たせて悪い」

「いえ、それでは行きましょうか」


 冒険者ギルドでルルネと合流した後、街の外へと歩いて向かう。

 ちなみに今回の舞台は、アストラの街を出てすぐの平原。

 どうやらそこに生息しているモンスターたちを狩るんだとか。


「この辺りでいいでしょう」


 案内されるがまま後ろをついていくと、ここでルルネが不意に立ち止まった。

 その場所は街の西門を出てから300メートルほど歩いた場所で、生息しているモンスターは、どれも素人向けのひ弱なモンスターたちばかり。


「なあ、本当にここでいいのか?」

「ええ、あなたの実力を測るには十分です」

「んん……」


 だからこそ一度ルルネに確認してみたのだが。

 どうやら俺は、彼女に少しばかり舐められているらしい。

 俺がどれだけヘタレであっても、ここらのモンスターくらいは余裕で倒せる。


「俺は一応お前と同期なんだが」

「知ってますよ。別に私はあなたをバカにしてる訳ではありません」

「じゃあなんでこんな場所に」


 実力を測るなら、もっと強いモンスターがいる場所の方がいいだろうに。

 こんな場所に住むモンスターくらい、駆け出しの冒険者にだって倒せる。

 と、俺が内心で思っていたところ。


「あれを見てください」


 ルルネにそう促され、俺は彼女の指差す方に目を向けた。

 するとそこにいたのは、一際手強そうなオーラを放つモンスター。

 全身を真っ黒の毛皮で覆い、鼻を効かせて野を歩く小型肉食獣だった。


「あれは確か……」


 何度か見た覚えのあるそのモンスターは、数匹で群れを為し。

 雑魚しかいないはずのこの平原を、餌を求めて巡回している。


「今回あなたにはあれの相手をしてもらいます」

「あれってつまり……あれだよな」

「はい。この辺りでは唯一の肉食系モンスター、”ブラックウルフ”です」


 ブラックウルフ。

 体調はおよそ1メートルほどで、それほど大きいわけではない。

 しかしその性格は獰猛どうもうで、自分より身体の大きな相手でも構わず襲いかかったりするほど、争い事が好きなモンスターだ。


 生息地はこの辺り周辺で、群れを為して生活することが多いため、駆け出しの冒険者や外の街から来た商人などが、たまに奴らに襲われてしまうケースもあったりする。


 それゆえにアストラの冒険者たちからは、”ビギナーズキラー”なんて呼ばれてたりもするが、実際にブラックウルフの群れと遭遇してしまった時は、基本的に戦わないのがセオリーだと、ほとんどの冒険者たちが心得ている。


 しかしまあ今回に限っては、そうすることもできそうにない。

 こうしてはっきりとターゲティングされてしまっては、無視するわけにもいかないだろう。


「なあ、マジでブラックウルフなのか?」

「何を今更。もしかして怖気付いたのですか?」

「いや、そうではないが」


 いくら獰猛とはいえ、街のすぐ近くに住むモンスターだ。

 駆け出しこそ苦戦するだろうが、俺はもうすでにその域を卒業している。

 本気で対峙すれば、難なく討伐することだって可能だろう。


 しかし——。


「俺1人で戦うんだろ? ちょっと酷くないか?」

「何を言ってるんですか。これは”勝負”なのだから当たり前です」


 自信満々に言い切ったルルネは、一切戦わないらしいのだ。

 なんせ俺の戦いを側から見て、評価する立場なんだとか。


「これって勝負と言えるのかよ……」

「そんなことはどうでもいいです。それよりもルールを説明しますよ」

「んん……」

「いいですか。先ほども言ったように、相手はあのブラックウルフです。あなたには私がいいと言うまで、ブラックウルフを討伐し続けてもらいます」

「討伐し続けるって……マジかよ……」


 なんとも恐ろしいルールだ。

 もしかしてこの人は鬼畜なんじゃないのか?


「それで勝敗ですが、あなたの安全第一にいきましょう。私が終わりの合図をするまでに、あなたが少しでも危険な目にあえば即終了。あなたの負けです」


 ということはつまり。

 危なくなければ永遠に戦わされるってことか。

 これはとんでもない条件を提示されてしまった。


「もし私が合図するまであなたが無傷でいられたのなら、その場合は私の負けということにしましょう」

「いやちょっと待て」

「何か?」


 とぼけたような顔をしているルルネ。

 一応一通りの内容は聞かされたわけだが。

 こんなのどう考えても、こちらが不利に決まっている。


 なんせ終わらせる権限は、彼女が握っているわけで。

 状況を見て長引かせたりすることだって可能なわけだ。


「せめてノルマを決めてくれないか」

「ノルマですか?」

「ほら、何体討伐したら終わりとか。そうすれば少しはフェアになるだろ」

「確かに。そう言われればそうかもしれませんね」


 俺が言及すると、意外にもルルネは素直に納得してくれた。

 正直ただ俺をいじめたいだけなのかと思っていたから、こうして条件を飲んでもらえるとなんだか少し安心さえ覚える。


「それでは20体にしましょう」

「20体……結構多いな……」

「私と同期ならそれくらい楽勝でしょう?」

「いや、楽勝ではないぞ」


 ブラックウルフをなんだと思っているのは知らないが。

 いくら格下のモンスターとはいえ、20体はなかなかに体力を使う。

 それに無傷での達成となると、やはり一筋縄ではいかないだろう。


「てか、その間お前はどうしてるんだ?」

「あそこで見学させてもらいます」

「あそこって……あの岩裏か?」


 そう言ってルルネが指差したのは、ここからかなり離れた場所にある大岩。

 おそらく距離にすれば2、30メートルほどはあると思うが、どうやら彼女はその岩裏に隠れて、俺の戦いを観戦しているつもりらしい。


「随分と遠いんだな」

「私がモンスターに見つかってしまっては、勝負にならないでしょう?」

「それはそうだが……まあいいか」


 どっちにしろ戦うのは俺だけなので、気にしないことにする。

 それよりも今は目の前の目標への集中が第一だ。

 できるだけ早く終わらせるためにも、最初っから本気を出していくとしよう。


「それじゃ健闘をお祈りします」

「へいへい」


 そう言って別れた俺たち。

 よく考えたらかなり不公平な勝負な気もするが。

 これでとやかく言われなくなるなら、少しは頑張ってみようと思う。

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