第19話 アホの正しい使い方
「なあレン〜、これはどういうことだよぉ〜」
その日の夕暮れ。
冒険者ギルド内の酒場にいた俺は、いつも通りに……。
いや、このめんどくさい勘違い野郎と一緒に、夕食を頬張っていた。
「聞こえてたら何か言えよぉ〜!」
「…………」
端に置かれた2人掛けのテーブル。
そこで向かい合いながら、アインの質問責めを受け続けている俺。
向こうはかなり酔っていて、その絡み具合はなかなかにうざったい。
「お前だけは仲間だと思ってたのによぉ〜」
ではなぜこのようなことになってしまっているのか。
それは言うまでもなく、昼間の一件が招いた副作用だろう。
あの後。
俺たちが剣技場で手合わせしていたのを目撃した男性冒険者たちは、アマネさんに気配を悟られると、すぐさまその場を立ち去って行った。
『今うちの奴らがいたな』
『ええ、まあ……』
案の定アマネさんは、彼らの真意に気づくことはなく。
『見学でもしていたのだろうか?』なんて、のんきに小首を傾げているだけだった。
もちろん俺は、それがただの見学だとは思っておらず。
間違いなく何かが起きると、ある程度の予測すら立てていた。
だが時間が経てど、特にそれらしい事が起こる気配はなく。
気づけば日は落ち、こうして夕食を摂ろうと1人で酒場へ。
いつも通りアインの奴と世間話でもしてやるか。
なんて、俺は一瞬そのことを忘れかけてすらいた。
しかしだ——。
「なんでアマネさんと剣技場にいたんだよぉ〜!」
時間がいつか解決してくれる、なんて上手い話があるわけもなく。
俺が知らないうちに、昼間の噂は冒険者ギルド中に広まってしまっていた。
さらにだ——。
「しかもお前、密会だったそうじゃないかぁ〜!」
俺がアマネさんと剣の手合わせしていたという噂は、どうしてか密会をしていたという偽りの噂へと変わり果てていたのだ。
正直これにはもう、流石の俺もお手上げ状態。
てかこんなバカげた噂を流した奴は、どこのどいつなんだ。
勘違いにもほどがあるっていうか……とりあえず一発殴らせてほしい。
「はぁ……」
不意にため息が漏れる。
まあこれだけの窮地に立たされれば、当然といえば当然だろう。
とりあえず話だけでも聞いてもらえると助かるのだが……。
「なあアイン。一回落ち着け」
「落ち着けって、どうやってだよぉ〜」
「落ち着いて話を聞けって言ってるんだ」
「話……? まさかお前、
「違う。そもそも俺は密会なんてしていない」
「またまたぁ〜、どうせ口先だけの誤魔化しだろぉ〜?」
「誤魔化しなんかじゃない。これは本当のことだ」
そう、俺は密会などしていない。
あれはそんなんじゃなく、ただの剣の手合わせ。
何もやましいことなんてありはしないのだ。
「じゃあ、何してたか言ってみろよぉ〜」
煽り気味にそう言ってくるアイン。
その手にはなかなかにキツイ酒が。
「てかアイン。ちょっと飲みすぎなんじゃないのか?」
「またまたそんなこと言ってぇ〜。話を逸らそうとしたってそうはいかないからなぁ〜!」
「いや、別に逸らそうとはしてねぇよ」
まあ実際、これ以上アインの追求を受け続けるのは嫌だが。
それにしても今日のこいつは、いつも以上に酒を飲みすぎている。
今だってちゃんと意識を保って質問をしているのかどうか……。
「おい……もうその辺に——」
「いいから答えてくれよ!!」
バンッッ!!
と、突然に大声をあげたアイン。
テーブルを両手で強めに叩くと、意味もなくその場に立ち上がり始めた。
(おいおい、勘弁してくれ……)
そんなことしたら余計に注目されてしまう。
ただでさえさっきっから周りの男たちの視線が痛いというのに。
「な、なあ、一旦落ち着けって……」
俺がなだめるようにそう言うも、アインにその声が届くことはなく。
堂々とテーブルに片足上げてるあたり、どうやらすでに手遅れらしい。
あ、でも一応靴は脱いでいるようなので、ギリギリセーフと言ったところか。
「なあ、レン」
「な、なんだよ」
「俺だってよぉ〜」
「……はあ!? おまっ……何で急に泣いて……」
「俺だってよぉ〜! 女の子と密会してみたいんだよぉ〜!」
と、なぜか急に泣き始めたアイン。
一体こいつの感情はどうなっているのやら。
とりあえずめんどくさい奴なのは間違いないだろう。
「なあレン、教えてくれよぉ〜」
「何をだよ……」
「あんな美人と密会する方法だよぉ〜」
「だからあれは密会じゃ……」
いや待てよ。
そもそもこんなやり取り繰り返したところで、何の意味もない。
どうせ俺が誤解だと言っても、信じてもらえないのがオチだろう。
それなら——。
「なあアイン」
「なんだよぉ〜」
「今度、お前にも紹介してやるよ」
「紹介? 紹介って誰をだよぉ〜」
「お前が好きそうなとびきりの美女をだよ」
「とびきりの美女!?」
「ああ」
ならいっそのこと、こいつを話に乗せてしまえばいい。
そうすればきっと、酔っ払いのアインとて俺を見逃してくれる。
「どうだ。悪い話じゃないだろ」
「美女を紹介って……お前、それ本気で言ってるのか!?」
「ああ、本気さ」
俺はあくまで真剣な趣で、アインへの返答を返す。
こいつは昔から敏感な奴ではあったが、それ以上にバカでもあった。
だからこそこういう場面での虚言には、めっぽう弱い節がある。
そこを上手く突いてやるのだ。
「どうした。お前は紹介して欲しくないのか」
「そ、それってもしかして……アマネさんレベルの美女もいたり?」
「もちろん。俺がアマネさんに掛け合って、特別に紹介してもらおう」
「アマネさんの知り合い……!? ってことは間違いなくとびきりの……!!」
よし、どうやらかなり食いついてるみたいだ。
その証拠にアインの顔が、別物みたいにキラキラと輝いてやがる。
「ほ、本当なのかレン!」
「ああ。もちろん
「くぅぅぅぅ!!」
俺が言い切ったことにより、アインの機嫌は最高潮に。
嘘をついてしまったのは心苦しいが、状況が状況なので致し方ない。
というよりもこんなあからさまな嘘、騙される方が悪いだろう。
「信じてたぜレン! やっぱり俺たち親友だ!」
「お、おう」
まあしかし。
これだけ喜ばれてしまうと、俺としても罪悪感は拭いきれない。
その場しのぎの嘘とはいえ、一応アマネさんに相談してみるとするか。
「じ、じゃあそういうことだから。今日は早めに家に帰って休め」
「おう! それじゃあ俺、家に帰ってシミュレーションしとくわ!」
「ああ、程々にな……」
親指をビシッ! と立てて見せたアインは、そのまま勢いよく酒場を飛び出して行った。
おそらくこれで、しばらくはあの話題に触れられることはないだろう。
「ふぅ……」
やっと落ち着くことができた俺は、おもむろに飲み物(果実水)を手に。
それを喉に勢いよく流し込むと、まるで酒でも飲んだかのような声が漏れた。
「ぷはぁぁぁ」
平凡を全身で感じられる至高の一杯。
やはり食事というのは、こうして落ち着いて摂るのが一番……。
「ちょっといいですか」
「……えっ、俺?」
「一つ聞きたいことがあるんですが」
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