第17話 諦めない心

 フリーギルドSOTS専用のギルドハウス。

 その2階には屋内剣技場という施設が設置されている。


 屋内剣技場とはその名の通り、己の剣の腕を磨いたり、ギルドメンバー同士で手合わせしたりする時に利用するための施設だ。


 広さは一辺15メートルほどの大きな部屋で、俺とアマネさんは今からこの場所で、先ほど新調した剣の具合を確かめることになる。


「それでは早速始めるとするか」

「はい、よろしくお願いします」


 向かい合った俺たちは、お互いに剣を抜きあった。

 ちなみにその他の防具は、普段依頼を受ける時と全く同じもの。


 俺は身動きの取りやすい革でできた簡単な鎧。

 それに対しアマネさんは、眩しいほどに輝く純白の鎧。


「さあ、私はいつでも構わないぞ」


 両手で剣を構えたアマネさんは、向かい合う俺に一言吐き捨てる。


 その立ち振る舞いはまさにベテラン。

 強者だけに許される余裕すらも感じられるほどだった。


「それじゃ行きますよ」


 武器の具合を確かめる。

 とはいえ、生半可な気持ちで向かえば簡単にやられてしまう。

 そうなればお互いのためにもならないし、ここは俺も全力で行かせてもらおう。


「はぁっ……!!」


 気持ちをギュッと引き締め、俺はアマネさんに立ち向かっていった。


 初撃はまず、頭上から落下させるように剣を振り下ろす。

 そうすれば相手は十字に剣を交えてくるはずなので、すぐさまそれを解いて今度は横からの斬り返しを……。


 カキンッッ!!


「なっ……」


 俺が剣を力一杯振り下ろした瞬間。

 まるで風にでも流されてしまったかのように、一瞬で剣を弾かれてしまった。


(やばっ……)


 しかもその行き先は、元あった俺の頭上。

 両手を万歳するようにして吹っ飛ばされたので、これでは逆に相手に隙を与えてしまう結果になってしまった。


「ぐっっ……」


 俺が隙を与えた瞬間、アマネさんの剣は俺の首すぐ近くへ。

 相手の隙をついた見事なまでの切り返しだった。

 これではどう対処しても、形勢を逆転することは不可能だろう。


「ま、参りました……」


 驚きつつもそう呟くと、アマネさんはすぐに剣を引いてくれた。

 斬られないとはわかっていてもなお、相手をビビらせる彼女の一撃。

 流石は最強の剣士というだけって、歴然たる力の差があるようだ。


「よし、まずは私の勝ちだな」

「いや、勝負だったんですかこれ……」

「当たり前だ。戦うからには勝負しなくては」


 そう呟くアマネさんの表情は、とても生き生きとしていた。

 きっと今のこの時間が、彼女にとってはたまらなく充実したものなのだろう。


(敵わない)


 俺がそう思ってしまうのは、決して技術の差だけでなく。

 戦いに対する意識の違いや、ポテンシャルの高さからの感情だった。


 こうして剣を交えてはっきりとわかった。

 この人は間違いなく一流の剣士と呼ぶにふさわしい人だと。


 だがそれは決して剣の腕だけの一流ではなく。

 努力や意識、それら全てを含めての一流。

 俺なんかでは良い試合どころか、相手にすらならないだろう。


 それにアマネさんは、もうすでに新調した武器をある程度は理解したはず。

 ならばこれ以上、俺のような未熟者が彼女の相手をする必要もない。

 ここら辺で切り上げて、今日はゆっくりと家で休むとしよう。


「そ、それじゃアマネさん。俺はそろそろ——」

「攻撃自体は悪くなかったんじゃないか?」

「へっ?」


 そろそろ失礼します。

 そう言おうとした刹那、俺の言葉は彼女の言葉に上書きされた。

 というよりは、驚いて言葉を失ったという方が正しいだろう。


「あ、あの、今なんて?」

「ん、なかなか良い攻撃だったと言ったんだ」

「良い攻撃って……今の一撃がですか?」


 拍子抜けしつつそう尋ねると、アマネさんは迷わず首を縦に振った。

 そして続けてこんな言葉を口にする。


「確かに攻撃自体は軽い。しかし初撃からあんな大胆に攻めることができる剣士は、なかなかいないだろう」


 意外だった。

 俺はてっきり呆れられてしまうんだろうと。

 そう思っていたのだが。


「私じゃなければ簡単には防げなかった。流石はレン、良い腕をしているな」


 あろうことかアマネさんは、こんな俺を褒めてくれた。

 ろくに剣も振るえない、下っ端中の下っ端であるこの俺を。


「でも、今のままじゃ少しまずい。さっきのはこうするとだな」


 そしてさらには、俺に剣の指導までしてくれる。

 改善するべき点を全て取り上げ、一つ一つ丁寧に教えてくれるのだ。


「あの、アマネさん」

「ん?」

「アマネさんは、なんで俺なんかに優しくしてくれるんですか」


 気づけば俺は、そんな言葉を口走っていた。

 初めはこんなこと聞くつもりなんてなかったのに。


(あれ、今俺は何を……?)


 不意に我を取り戻し、思わず赤面する。

 今のは俺がするような質問じゃなかった。

 そう思うと、なぜか気まずくてアマネさんの顔が見られない。


「えっと、今のはその……」


 動揺を隠そうとしたが無理だった。

 きっとアマネさんにも、色々と誤解を与えてしまっただろう。

 やっぱりこんなんじゃ、この人の相手をすることは許されない。


 と、俺はそう思っていたのだが——。


「レン」


 小さく名前を呼ばれ、俺はふとアマネさんの顔を見た。

 するとそこには真剣な、思わず見惚れてしまうような美しい彼女が。


「一回しか言わないからよく聞いて欲しい」


 それは温もりさえ感じる優しい声。

 そんな声で前置きした後、彼女は続けてこう言った。


「私はレンという1人の人間を尊敬している。だから、あまり自分を責めないであげてくれ」


 それは俺にとって救いのような言葉だった。

 まるで頼りにならない俺の存在が、初めて認められた。

 それには思わず、俺の胸の内も熱く熱く高揚した。


「どうしたのだレン?」

「い、いや。なんでもないです」


 急にやる気が満ち溢れてきた。

 この不甲斐ない俺のまま終わるわけにはいかない。

 存在を認めてくれた彼女のためにも、立ち上がらなくてはと。


「アマネさん、もう一戦お願いします」


 そして気づけば俺は再び剣を構えていた。

 もし誰かがこれを見ていたら、無謀な挑戦と思うかもしれない。


 それでも——。


 それでも俺はやめようとは思わなかった。

『ここで辞めるな』と、自分の中の何かに言われているような気がしたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る