第16話 落ち着かない昼食

 アマネさんと2人で立ち寄ったのは、商店街の外れにあるごく普通のカフェ。

 外装も内装も街の色彩に合わせたシンプルな造りで、メニューの種類や値段も特段変わった点などは見られない。


 ゆえに馴染みやすく、俺は時々時間が空いた時なんかに利用したりする。

 商店街の外れにあるということもあって、お客さんの数はさほど多くはないが、知る人ぞ知るこの街の団欒スポットの一つでもある場所……。


 という認識の元、俺はこの店をアマネさんに紹介したのだが。

 どうやらこの人を連れている状況下では、そういうわけにもいかないらしい。


「見て剣姫様よ」

「本当だ。それじゃあの冴えない男の方は誰だ?」

「きっと子分か何かでしょ。ほら、彼女ってすごくモテるらしいから」


 店に入った途端に集中した視線は、瞬く間に俺たちを包囲し。

 まるで珍しい生き物でも見つけたかのように、話のネタとして使われ始める。


(落ち着けない……)


 アマネさんと向かい合って会話をしている時も。

 料理が届いて食事をしている時も。

 周りにいる人たちは、変わらずこちらに意識を集中させている。


「あの、どうですか?」

「ん、なかなかいい味だぞ」

「そ、そうですか」


 かと言って当の本人は、その視線に気づいていないらしく。

 俺がオススメしたサンドイッチを、美味しそうに頬張っている。


「コーヒーおかわりしますか?」

「すまない。よろしく頼む」


 なぜこの状況で俺の方が動揺しているのかわからないが、これだけ注目されて全く気づかないとなると、普段もそうなのだろうとある程度の予想がつく。

 というかこれではもう、鈍感と呼ぶしかなさそうなくらい重症だった。


「はぁ……早く出たい……」


 誰にも聞こえないように小さくそう呟いた俺は、手を挙げて店員を呼ぶ。

 そしてアマネさんのコーヒーのおかわりを注文し、意識を自分の昼食へ。

 たくさんの注目を浴びる中、おもむろにサンドイッチを口の中へと放り込む。


(味しねぇ……)


 緊張しているからか。落ち着かないからか。

 案の定そのサンドイッチは、まるで味のしないただの食パンだった。


「コーヒーコーヒー」


 ならばとコーヒーを流し込めば、サンドイッチはすぐさま喉の奥へ。

 結局味なんてわからないまま、俺の昼食は跡形もなく消え去ってしまった。


「こんなことならもっと味が濃いのにすればよかった……」

「ん、何か言ったか?」

「い、いいえなんでも。それよりもアマネさん、意外と食べるの早いですね」

「ま、まあ。美味しかったからな」

「それなら良かったです」


 しかしどうやらアマネさんには喜んでもらえたようで。

 気づけば俺たちは、揃って頼んだサンドイッチを完食していた。


「ところでレン」

「はい?」

「この後は暇か?」

「この後ですか? まあ一応は……」


 一応は暇です。

 と、俺が答えようとしたところ。


 ジーーーーーーーー。


 店内のありとあらゆる場所から、再び重たい視線が多数。

 どうやら俺たちの間柄が、少なからず気になっているらしい。


「……ひ、暇ですけど」

「そうか! ならこの後私と武器を作りに行こう!」

「武器ですか? 別にいいですけど」

「実は知り合いに腕の立つ鍛冶屋がいてな。ぜひレンにも紹介したいんだ」

「なるほど。それは俺にとってもありがたい話です」


 ということで。

 急遽武器を新調することになった俺は、アマネさんの紹介で鍛冶屋へ。

 どうやら俺に合う武器を、彼女が直々に見繕ってくれるらしい。


 何がともあれこれで居心地の悪い空間からは脱出できたわけだが。

 結局あの後、俺たちが店を出る直前まで、多数の視線に晒され続けていたのは、アマネさんには内緒にしておくとしよう。



 * * *



「あの、本当にいいんですか?」

「ああ。これはほんのお礼だ」

「でも結構しますよね、この剣」

「確かに以前レンが使っていた物よりは、少し高価かもしれないな」


 鍛冶屋を出た俺の手元にあるのは、なんとも見事な一本の剣。

 その材質はまさに一等品で、重さも以前使っていた物と比べると、圧倒的にこちらの方が軽い。


 しかもこの剣は自分で購入したわけではなく。

 依頼を手伝ってもらったお礼ということで、アマネさんが俺の代わりに購入してくれたものだった。


「まあ私も良い剣が手に入ったから、十分満足だ」

「は、はあ……」


 なんて言ってはいるが。

 正直値段を聞かされた時、俺の目ん玉はどこかへ飛んでいきそうになった。

 そのくらいに高質なものを、アマネさんは俺のために見繕ってくれたのだ。


「そうだレン。よければ一度剣を交えてみないか?」

「剣を交えるって……俺がアマネさんとですか?」

「ああ。私もこいつの具合を確かめたくてな」


 そう言ってアマネさんは、自ら腰につけている剣に手を添える。

 どうやら彼女は、新調した剣をすぐにでも使ってみたいらしい。

 というか、手合わせの相手が俺なんかでいいのだろうか。


「いいですけど。相手になるかどうか」

「心配するな。それにレンも早くその剣に慣れておいた方がいいだろう?」

「まあ、確かに」


 アマネさんの言うとおり、早く新しい武器に慣れるのは、冒険者として最も必要なたしなみの一つだろう。

 それにこういう機会でもない限り、冒険者ギルド最強の剣士であるアマネさんと剣を交えられることなんてそうそうにない。


「それじゃ、お言葉に甘えて」


 不甲斐ないことになるのは知っている。

 でも俺はそのアマネさんの提案を、有り難く受けさせてもらうことにした。

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