第13話 究極の選択肢

 本来日帰りだった依頼も、色々あって一泊に。

 女将さんのご好意で、旅館の客間を一部屋貸してもらえることになったわけだが。


「そろそろ電気消しますよ」

「レン、布団はどうしたのだ?」

「ああ。それならアマネさんの下に」

「ん、というとレンの布団は……?」

「ありませんよ」


 当然何もかも全てを貸していただけたわけではない。

 旅館にだって都合というものがあるわけで、どうやら今日は他のお客さんとの兼ね合いもあって、貸し出せる布団が一つしかなかったんだとか。


「俺は床でも平気なんで。気にしないでください」


 女将さんは親切な方だから『他の旅館から借りてきましょうか?』と言ってくれたりしたが、冒険者としてこれ以上の迷惑をかけるわけにもいかない。

 それに俺は割とどこでも寝れるタイプの人間なので、今日は床に寝させてもらうということで許可をいただいたのだ。

 

「でも、私だけ布団というのは……」

「アマネさんは病人なんですから。それに俺には座布団があるので」

「座布団?」

「ほら、こうやって」


 部屋に置いてある座布団を使えば、簡易的な枕にもなる。

 流石に布団を作れるほど数はないものの、それさえあれば、何ら違和感なく眠りにつくことができるだろう。


「こういうのは慣れてますので。さっ、準備ができたら早めに寝ましょう」

「あ、ああ……」


 俺がそう言うと、アマネさんは申し訳なさそうな顔をしていた。

 おそらくは俺に布団を譲って、自分が床で寝たいのだろう。

 彼女の性格を考えれば、そう思ってしまうのもわかる。


 しかし今回に限っては、我慢してもらう他ない。

 何よりも今は、アマネさんの体調を良くするのが最優先だから。


「それじゃ電気消しますよ」


 俺はそう呟きつつ、入り口のスイッチに手をかける。

 今時の旅館は思ったよりデジタルなんだな、なんて思いながらも、明日に向けて部屋の電気を消灯しようとした。


 すると——。


「やっぱり待て……!」


 何やらアマネさんに呼び止められ、俺はスイッチから手を退けた。

 そして何事かと振り返ってみれば、そこには上半身を起こしたアマネさんが、熱い視線を俺の方にジリジリと送ってきていた。


「ど、どうかしましたか?」


 戸惑い混じりに俺がそう尋ねれば、彼女はなぜか目を泳がせる。

 黒くて長い髪を指先でクリクリしながら、なぜか頬を赤く染める。


「あの……えっと……」


 ブツブツとそう呟く彼女は、まるでハッキリしない。

 だからと言ってどうすることもできず、俺は静かに彼女の言葉を待った。


「やっぱり私だけ布団というのは……ちょっと困る」

「困る……というのは」

「い、色々と迷惑をかけただろう。そこは察してくれ……」


 目を合わせずともわかる、アマネさんの真剣な表情。

 おそらくこの人は、俺が思っていたよりもずっと反省している。


「それにほら、今日はすごく冷えるし。もしこれでレンに風邪でもひかれてしまったら……」


 そしてアマネさんは、他を思いやる心がすごく強い人だ。

 だからこそ自分だけ布団で寝るのは、我慢ならないのだろう。


「だからその……」


 布団はレンが使ってくれ。

 みたいな感じのことを言われるのだろう。


 きっとアマネさんだって気分良く寝たいだろうし。

 俺だって彼女に気を遣わせ続けるわけにもいかないし。


 仮にもしそうなったのなら、俺は荷馬車の中で寝るとしよう。

 あそこなら十分にスペースがある上、仮眠できる道具などもある。

 流石のアマネさんだって、ちゃんと話せば納得してくれるはずだ。


 なんて。

 ほんの数秒前までは思っていた。


「だからその……」


 アマネさんが吐いた、次の言葉を聞くまでは——。



 * * *



「今なんて……?」


 俺がそう聞き返すのは他でもない。


 うちのFGのマスター。

 もとい冒険者ギルド最強の剣士。

 もとい誰もが憧れる絶世の美女。


 そんな様々な顔を持つアマネさんが。

 アマネさんが……。


「だ、だからその、一緒に寝れば……い、いいだろう?」


 あちらこちらに目を泳がせながら。

 ましてやモジモジと身体をよじらせながら。

 男の俺に向かって、そんなぶっ飛んだことを言い始めたのだ。


「あの……それ本気で言ってます?」

「あ、当たり前だっ、このおバカッ……!」

「…………」


 おまけに俺のことはバカ呼ばわり。

 当然言われた俺は、うまく反応することができず。

 ただひたすらに照れと葛藤している様子の彼女を、黙って眺めていた。


「ほら、突っ立ってないでこっちに来いっ」

「い、いや……来いって言われても」

「安心しろ。汗などはかいていないぞっ」


 そう言うとアマネさんは、すぐ隣をポンポンしてみせる。


(いや、そこじゃねぇ……)


 だが俺が気にしているのは、汗とかそういう話ではなく。

 遠征先の旅館で、歳の近い男女が同じ布団で寝るという、すこぶるピンク色の現状の方だ。


「何をしているのだレン。早く寝ないと寝坊してしまうぞ」

「んん……」


 しかし、どうやら彼女の心は決まっているようで。

 俺が素直に頷くまで、立場を譲るつもりはないらしい。


(さあ、どうする)


 このまま言われた通り隣で寝るか。

 それとも無理矢理にでも床で寝るか。


「さあ早くっ」


 アマネさんの呼びかけが、追い討ちのように響いてくる。

 果たして俺は、どうするのが正解なのだろうか。


「さあ——!」

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