第10話 依頼完了と温泉
アマネさんの企みで危うく死にかけるも、なんとか無事に洞窟を抜け出すことができた俺たちは、依頼の完了を報告するため、一旦村へと向かうことにした。
「どうしたのだレン? 元気がないぞ?」
「いやまあ、色々ありましたんで……」
「もしあれなら引き手を変わってやろうか?」
「い、いえ、大丈夫ですよ」
来た時同様俺が荷馬車の引き手をしているが……。
どうも気持ちが乗らず、腕にも全然力が入らない。
まあおそらくは、悟りを開いたことによる弊害か何かだろう。
それにしても今日は疲れすぎた。できることなら早く帰って休みたい。
「それよりもアマネさん」
「ん、どうした?」
「身体の方は大丈夫なんですか? その、怪我とか」
「ああ。私の方は大丈夫だが、剣が少しやられてな」
「アマネさんもですか」
「というと、レンのもか?」
「はい。俺のは刃こぼれしちゃいまして」
大破こそしなかったものの、俺の剣は
街に帰ったら早急に買い換えなければならないレベルだ。
「アマネさんのはどんな具合ですか?」
「私のも同じようなものだ。これは修理するよりも買い換えた方が早いな」
「確かに。だいぶ傷んじゃってますね」
ということはつまり。
あのネズミは相当な強敵だったのだろう。
俺のだけでなく、アマネさんの武器すら鈍にするなんて。
(本当……よく生きてたよ俺……)
死にかけたとはいえ、一度は奴と剣を交えたわけだ。
おかげで装備はボロボロだが、よく生きて洞窟を抜けれたと思う。
こんなギリギリの戦いを経験したのは、冒険者になってから初めてだ。
「まあ、もう二度とごめんだけどな……」
「ん、今何か言ったか?」
「い、いえ。何でも」
「そうか」
おっと危ない。
うっかり声に出して、危うくアマネさんに聞かれるところだった。
どうやら不思議そうに小首を傾げているので、とりあえず苦笑いを。
「あはは……」
「なんだ、そのよくわからない笑顔は」
「な、なんでもありません……」
「んん?」
今度は露骨に眉をひそめた。
どうやら今の苦笑いは、余計な保険だったらしい。
逆に怪しまれる結果になってしまった。
というのも。
アマネさんはとても心配性な人だ。
ゆえに俺が弱音を吐いたとなると、後々めんどくさくなる節がある。
以前だってそれで、毎日声をかけられた時があった。
同じFGの団員を心配しての行動だろうが、それにしても会うたびに身体の具合とか、私生活の何から何まで質問されたりなんかして——。
「あ、そうそうレン」
「は、はい。どうかしましたか」
「そう言えばあの村、温泉が有名だったりしなかったか?」
「温泉……ですか?」
いきなり話が変わったかと思えば、今度は温泉の話らしい。
今あまりにも自然に名前を呼ばれたもんだから、弱音を吐いたのがバレたのかと思って、少し驚いてしまった。
「ほら。あの村の名前、確かアカゲ村だっただろ?」
「確かそんなような名前でしたね」
「それってよく観光ガイドに載ってたりする村じゃないか?」
「ああー」
言われてみればその名前、聞いたことがあるような気もする。
確かこの辺りじゃ珍しい、天然温泉で有名な村だったはずだ。
「えっと、それがどうかしましたか?」
「いや、せっかくだから入っていきたいなと思って」
「入るって、温泉にですか?」
「もちろん。それ以外に何があるというのだ」
聞き返した俺に対し、アマネさんは当たり前だと眉をひそめる。
しかしそんな顔をされたところで、日帰りである予定は覆らないのだが。
「あまり時間ないですよ」
「いいんだ少しくらい。レンだって入りたいだろう? 温泉」
「まあ、できるならそうしたいですけど」
「なら決まりだ」
「ええ……」
ためらう俺の意思など、これっぽっちも聞いてもらえず。
どうやら俺たちは温泉に入ってから街への帰路につくらしい。
「着替えはどうするんですか?」
「そんなの予備の防具を着ればいいだろう」
「えっとじゃあ……もし入れてもらえなかったら?」
「そうなれば私が責任をもって頼み込むとしよう」
「はぁ、抜かりないですね」
「当然だ」
嘆息する俺に反し、アマネさんは既に温泉モード。
何が何でも温泉に入ってから帰るという気迫すら感じる。
(帰り……だいぶ遅くなりそうだな……)
今からまっすぐ街へ帰ったとしても、着く頃には日が落ちる。
ただでさえ時間的余裕がないのに、温泉なんて寄り道してたら……。
「荷馬車返せってギルドに怒られたら、アマネさんのせいですからね」
「その時は私も一緒に謝ろう。まあ、できるだけ遅くならないようにはする」
「そうしていただけると助かります」
とはいえ、俺とて疲れているのは確か。
温泉で疲れを癒してから帰るのもアリではある。
でもまあそれも全て、温泉に入れたらの話なのだが。
* * *
「本当にいいのか? 私が先で」
「ええ。アマネさん温泉入りたがってましたし、構いませんよ」
「すまない。それではそうさせてもらう」
村へと到着した俺たちは、依頼の完了を村長に報告。
そして先ほど話していた温泉の件について、流れで相談してみることにした。
もちろん過度な期待などはしていなかった。
ただ俺たちは少しだけ温泉に浸かれればそれでいい。
そういう心意気で、なんとかならないかと村長に相談してみたところ。
『ええ、構いませんとも』
なんと一つ返事で入浴の許可が出た。
しかも村の危機を救ってくれた冒険者ということで、お代は全くの不要。
その上とある旅館の湯だまりを、丸々一つ貸し切りにしてくれるらしいのだ。
まさにこれは神待遇。
流石はガイドブックに載るような村なだけある。
人間としての器の大きさが、俺たち冒険者とは比べ物にならない。
とはいえ。
湯だまりを一つ借りたのはいいが、2人同時に入るわけにもいかない。
なぜなら俺たちは異性同士であって、仮にもアマネさんとの混浴をうちのFGの男どもに知られたりなんかしたら、おそらく俺は近い将来殺されるだろう。
まあ俺とて混浴なんぞに興味などはないのだが。
念には念をということで、順番で温泉に入ることにする。
「それじゃ俺、そこら辺でくつろいでますんで」
ということでまずはアマネさんから。
流石に上司ということで、先手は譲ることにした。
「長居するなとは言いませんが、帰りのことも少しは考えてくださいね?」
「ああわかってる。心配しなくても大丈夫だ」
アマネさんはそう呟き、着替えを持って温泉へと向かう。
今は大丈夫と言っていたが、どうせあの人のことだ。
じっくりと温泉を堪能するまで、戻っては来ないつもりなのだろう。
(少し仮眠でもとるか)
街に着くまではまだしばらく時間がある。
それを考えると、空いた時間に少しでも仮眠をとるのがベスト。
待合所に椅子があるから、少しの間お借りすることにしよう。
そう思った俺は近くの椅子に腰掛け、重いまぶたを閉じようとした。
「レン」
するとアマネさんは不意に立ち止まり、こちらを振り向く。
そしてなぜか頬を赤らめながら、確認するようにこう言うのだ。
「そ、そんなに長居はしないからな?」
「は、はあ……」
戸惑いと一緒に、微妙な返事が俺の口から漏れる。
確かに早くしてもらうのに越したことはないが。
逆にそこまで意識されると、こっちが申し訳ない気持ちになる。
「あの、ごゆっくりどうぞ」
去り行く背中にそう伝えるも、どうやら声が届く様子はなく。
まるで遊園地に向かう子供のように、アマネさんは温泉へと吸い込まれていくのであった。
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