第8話 忍び寄る影

「あの、一つ聞いていいですか」

「にゃ、にゃんだ……?」

「暗闇が苦手なら、何でわざわざこんな依頼受けたんですか」

「しょ、しょれは……」


 目的がモンスターの討伐とはいえ、おそらくそこまでの強敵ではないはず。

 そんなのわざわざアマネさんがやらなくとも、他の冒険者にだってこなせる依頼だろう。


「無理してやる必要もなかったでしょ、この依頼」


 冒険者ギルドにお願いされたとしても、苦手だからと断ればいい。

 たとえ断ったとしても、アマネさんに文句を言う人なんて誰1人いないのだから。


 と、俺的にはそう思うのだが——。


「だ、だってほら。断りにくいだろ? そういうの」

「断りにくいって、何でですか?」

「一応私はFGのマスターをやってるわけだし、頼まれた依頼を断るのはこう……みんなに示しがつかないというか、何というか」


 どうやらアマネさんには、それ相応のプライドというものがあるらしい。

 確かに言われてみると、彼女の気持ちもわからないことはない。


 冒険者ギルド最強の剣士アマネは、実は暗闇が苦手。

 だから頼まれた依頼を断った。


 なんて噂がたてば、他のFGメンバーにバカにされかねない。

 まあそんなことをする奴は誰1人としていないとは思うが、それでもこの人は、冒険者を続けている限り、みんなのお手本でいたいのだろう。


 流石はうちのトップであるアマネさんだ。

 今までも俺たちの知らないところで、色々と気を遣ってきたのかもしれない。

 さっきはお荷物みたいに思っちゃって、申し訳なかったな。


「え、えっと。すみませんでした、余計なこと言って」

「ど、どうしたんだ突然。悪いのは私の方なのに」

「いえ、もっと考えるべきでした」


 そうだ。

 人のことばかり気にして本来の目的を見失っていた。

 俺が今日ここにいる意味は、他でもないアマネさんの手助けのため。


 いくら最強と謳われた剣士でも、苦手の一つや二つある。

 ならば俺がその苦手をカバーしてやるのが義理というものだろう。


「俺が誘導するんで。アマネさんはしっかり掴まっててください」

「ゆ、誘導って。私、このままでいいのだろうか……」

「大丈夫です。さあ、先へ進みますよ」

「あ、ああ」


 そうして俺たちは再び歩み始めた。

 体勢は何一つ変わってはいないけど。


 でもなぜだろう。

 先ほどよりも少しだけ背中が軽くなったような気がするのだ。



 * * *



「ひぃぃ……!!」


 後ろで可愛らしい悲鳴が上がったのは、しばらく歩いてのこと。

 すぐ近くで『ガサガサ!!』という音がなったので、アマネさんが驚いたらしい。


「今何か聞こえましたね」

「む、虫でもいるのだろうか……」

「んー、虫じゃないと思いますけど」

「じゃ、じゃあ犬か……? それとも猫か……?」

「落ち着いてください。そもそも犬や猫は洞窟にはいません」


 どうやらかなり動揺しているみたいだ。

 こんな様子じゃたとえモンスターと出会ったとしても、まともに戦うことはできないだろう。


「もしもの時は来た道戻るんで。遠慮なく言ってくださいね」

「わ、わかった……」


 無理して危険にさらされては元も子もない。

 そう思った俺が、彼女を落ち着かせようと声をかけた瞬間。


 ガサガサ!!


「ひぃぃ……!!」


 再び奇妙な音がなり、後ろでアマネさんが悲鳴をあげた。


 が、しかし。


 今回は悲鳴をあげるだけでなく。

 それと同時にアマネさんは、俺の背中にがっちりとしがみついて来たのだ。


「あ、アマネさん……!?」


 怯えている彼女の体温が、背中を通してしっかりと伝わってくる。

 おまけになんだか柔らかい感触が……いや、それは今どうでもいい。

 それよりもこれでは身動きが取れないので、一旦この人をなんとかしなくては。


「えっと、一旦落ち着きましょう」

「しゅ、しゅまないレン……」

「い、いえ、俺は別に……」


 別にってなんだ……? と、くだらないことを考えそうになった俺。

 仲間とはいえ、美人に抱きつかれて動揺しているのかもしれない。

 ここは一旦深呼吸をして、精神を落ち着けることにしよう。


「ほ、ほら。アマネさんも深呼吸してください」

「あ、ああ……」


 そうして俺たちは息をあわせてスーハースーハー。

 洞窟の中で、ましてや真っ暗闇のこの状況でスーハースーハー。


(なんか斬新だな……)


 依頼中に何をやってるんだろうと、思わず思ってしまう光景だ。

 まあそれでもしないよりは、断然マシだろうとは思う。


「どうですか。少しは落ち着きましたか?」

「ああ、少しは……」

「なら良かったです」


 どうやら身体の震えも止まったようなので、とりあえずは良かった。


 それにしてもさっきの音といい、今の音といい。

 もしかしたら目的のモンスターが近くにいるのかもしれない。


「ちょっと待ってくださいね。今、周り確認しますんで」


 突然不意打ちをかけられても困るので、俺は辺りをライトで照らした。

 ゴツゴツした岩の陰や、壁にできた小さな穴の中。そして一応天井も。


「んー、何もいませんね」


 しかしそれらしいものは何一つ見つけられず。

 さっきの音は何だったのだろうという、謎ばかりが深まる。


「気のせい……というわけでもないですよね」

「も、もしかして……オバケか……!?」

「いや、流石にそれはないですよ」

「で、でも……何もいないんじゃ……」


 そんな具合いで、俺たちが謎に包まれていると。


「キュゥー、キュゥー」


 また近くで何かが音を立てた。

 しかも今回は先ほどとは違い、動物の鳴き声のような音。

 俺はすぐさま音のなった方にライトを向けた。


 すると——。


「ネズミ……?」


 そこにいたのは一匹のネズミ。

 しかしそれは、ただのネズミではないようだった。


「確かあれは……アイアンラットか」


 偶然にも俺は、そのネズミを知っていた。

 というのも、以前街の書庫で図鑑を見ていた際にたまたま目についたのだ。


 アイアンラット。

 その名前の通り、身体を鋼のような硬い皮膚で覆っている草食系のモンスターだ。

 小型でおとなしく、普段は暗い場所で生活しているらしいが、場合によっては人里まで作物を求めて現れたりするため、色々と厄介な相手でもあるらしい。


「ということはつまり……村の作物を荒らしたのもあいつか」


 生態を鑑みるに、どうやら間違いはなさそう……。

 ではあるのだが、正直腑に落ちない部分も多々ある。


 というのもアイアンラットは、小型の中でもさらに小型。

 小動物くらいの大きさしかない、とても小さなモンスターだ。


 そんなモンスターがたった一匹で、村の作物を一掃できるだろうか。

 仮に他の仲間がいたとしても、俺には大抵無理な行動だと思うのだが。


「アマネさん、どう思いますか?」


 俺1人だけの思考では、どうも物足りない。

 そう思いアマネさんに助言を求めようとしたところ。


「れ、レン……!! う、後ろに何かが……」


 慌てるような彼女の声と共に、俺は今置かれている現状を知ることになった。


 というのもさっきから、周りから妙な気配を感じていたんだ。

 まるで何かに狙われているような、そんな不気味な気配を——。


「な、なんだよこの数……」


 思わず動揺してしまったのは他でもない。

 来た道をライトで照らしてみれば、そこには数え切れないほどのネズミ。

 地面が見えないくらいに密集して、俺たちの逃げ道を塞いでいたのだ。


「レン、何か聞こえないか……?」


 そして聞こえてくる謎の足音。

 それは先ほどまでのちょこまかと動いているようなものではなく。

 ドシンドシン! といった、まるで激しい地響きのような鈍い足音だった。


「なんだよ……あれ……」


 見上げるように向けたライトの先に、銀色に輝く大きな影が現れる。

 そいつは周りにいる小型とは比べ物にならないくらい巨大で、俺たちのことをまるでネズミを見るかのように見下ろしていた。


「で、デカすぎだろ……」

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