第7話 最強の足枷

 ここへ来てからどれくらいの時間が経っただろう。

 10分か。それとも20分か。はたまたそれ以上か。


 体感的にはかなり長い間ここにいる気がする。

 が、あいにく俺は時間を知る術を持たないので、詳しいことはわからない。


 しかしだ——。


 一つだけわかっていることがある。

 それは俺たちのいる場所が、数分前から何も変わっていないということ。

 この薄暗い洞窟の入り口で、終わりの見えない立ち往生しているということ。

 ただそれだけ。


「……暗いところはやだ……でもここにいるわけにも……」


 もちろんその元凶が俺にあるわけではなく。

 物語の鍵を握っているのは、うちの怖がり剣姫けんき様な訳であって。

 この依頼が上手くいくかどうかも、全ては彼女の心意気次第な訳であって。


「……もしこの中で迷ったりなんかしたら……」


 なんてブツブツ呟いている側で、俺はただ待つことしかできなかった。

 意を決して洞窟の中に入るのか。それとも入らずにここで引き返すのか。

 彼女がそのどちらかを決断するその時まで——。



 * * *



「よしっ、やっぱり私も行こう……!」


 アマネさんの心が決まったのは、それからさらに数分後のことだった。

 気づけば正面に見えていたはずの太陽は、木陰に隠れて見えなくなっている。

 本当によく我慢して待っていたと思う……俺……。


「あの、いいんですか本当に」

「ああ。もちろんだ」

「もし本当に嫌なら、俺1人で行きますけど」

「そんなのダメだっ。もしレンに何かあったらどうするつもりだ」

「いやまあ、俺もできるだけ何もないように努力はしますけど」


 そう言ってはみたものの、やはり1人で行くことは許可してもらえず。

 どうやらアマネさんも一緒についてくるということで決まりらしい。


(てか本当に大丈夫なのかよこの人)


 決まったそばから申し訳ないが、正直俺は今とてつもなく心配だ。

 何が心配かというと、それは決して昨日までのような俺がアマネさんの足を引っ張るどうこうではなく。

 逆に俺がアマネさんに足を引っ張られかねないという大変失礼な心配である。


 もちろんこの人の実力は知っているし、尊敬もしている。

 しかし今の彼女の様子を見る限り、不安しか持てないのは事実だ。


 もしこのまま一緒に洞窟に入ったとして、無事に帰ってこれる保証はあるだろうか。

 ちょっとした物音に驚いた彼女が、誤って俺のことを剣でズシャリ……なんてことになったら、正直シャレにならないどころの騒ぎではない。


 俺だってまだ若いし、もうちょっと色々経験してから天に召されたい。

 間違っても同じ冒険者に……ましてや同じFGの仲間に殺されるなんて死んでもごめんだ。


「あの……やっぱり考え直しません?」

「どうしたのだレン。私と一緒じゃ不安なのか?」

「いや不安というかなんというか……命は大事にしたいなと思いまして」

「ん、何の話をしてるんだ?」

「い、いえ、何でも」


 まあ実際不安なのは確かだが。

 きっとアマネさんのことだから、やると決めればきちっとやるのだろう。

 むしろこんな暗闇程度で怖気付いていられちゃ、俺の方が困るというもんだ。


 何てったってこの人は、うちのFGのギルドマスター。

 冒険者ギルド最強の剣士。”天翔あまかける剣姫”なのだから——。


「それじゃとりあえず中に入ってみましょうか」

「そ、そ、そ、そうだなっ……!」


 今露骨にビビっていたような気もするが。

 まあこれ以上ここにいても仕方がないので、俺も腹をくくることにしよう。


 そうして俺たちはようやくスタート地点を抜け出した。

 とはいえここまではただの茶番。本当の試練はここからだ。



 * * *



「うぅぅ……あ、歩くのが早いぞレン……」

「…………」


 薄暗い洞窟に足を踏み入れた俺。

 持参していたライトを片手に先へ先へと進んでいるのはいいが。

 どうも背中が重たくて、思ったように進むことができずにいた。


「あの、あまり引っ張らないでください……。正直重いです」

「そ、そんなこと言われても……こうしてないと私……」

「はぁ……だから外で待っててくださいって言ったんですよ」

「だ、だ、だって……1人で待つのも心細いし……」

「んん……」


 半べそをかきながら俺の背中に顔を埋めるアマネさん。

 その姿勢はギルド最強の剣士に似合わない、とても弱々しい感じだった。

 腰は曲がって老人みたいだし、足も自然と内股になってプルプル震えている。


(俺は一体何を心配してたんだろう……)


 アマネさんの足を引っ張らないように。

 なんて昨日寝る前に考えていたのだが……。


 どうやらその心配は全くの無意味だったらしい。

 というかむしろ俺の方が足を引っ張られている状況だ。


「歩けますか?」

「……うん……がんばりゅ……」


 とはいえアマネさんをここに置き去りにするわけにもいかないし。

 ここまで連れてきてしまったからには、俺が責任をもって介抱しなければ。


(てかこの人、何でわざわざこんな依頼受けたんだ……?)


 そう思ってしまうのはすごく必然的なことだろう。

 そもそも暗闇が苦手なら、初めからこんな依頼受けなければよかったのだ。

 

 具体的な詳細はわからないにしろ、ある程度のことは依頼を受ける際にギルドから説明があったはず。

 ならばなぜこの人は、苦手な洞窟での依頼なんて受理したんだ——?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る