第6話 思わぬ落とし穴

 翌朝。

 なんとか時間通り起きれた俺は、準備を済ませ冒険者ギルドへ。

 そこで今日の移動に使う荷馬車を借り、待ち合わせの東門へと向かっていた。


「すんなりいったのはいいが……ちょっと早すぎたかもな」


 普段なら荷馬車を借りるのに、かなりの手間を取られるはずだが。

 なぜか今回に限っては、あっさりと手続きを済ませることができた。


(おそらくはアマネさんのおかげだろうけど)


 彼女の名前を出した瞬間、受付の人の顔色が変わったのできっとそうだ。

 流石は冒険者ギルド最強の剣士というだけあって、その辺りの融通は俺たち一般冒険者と比べ物にならないものがあるらしい。


 とはいえ。


 すんなり荷馬車を借りられたのはいいが、時間が余ってしまった。

 現時刻は朝の7時半。

 本来なら集合時間の少し前くらいに東門に着く予定だったが……。


(まあ荷物の確認でもして待ってればいいか)


 忘れ物は困るので、そうすることにしよう。

 そんなことを思いながら俺はしばらく荷馬車を引いた。

 そしてようやく集合場所の東門に到着した……のだが……。


「遅いぞレンっ」


 そんな声が聞こえて来たかと思えば、純白の鎧に身を包む見覚えのある美女が俺の前に立ちふさがった。


「こ、こないのかと思ったぞっ」


 そう言ってなぜか頬を赤く染めるのは、紛れもなくアマネさんだった。

 腕を組んで仁王立ちしているその様子から、一応は不機嫌を装っているつもりらしい。


「早いですね……」


 まさかいるとは思わなかったので、俺もすごく複雑な心境になる。

 謝ればいいのやら。驚けばいいのやら。関心すればいいのやら。


 でもおそらくこの調子だと、だいぶ前からここで待っていたのだろう。

 俺に非は全然ないはずだが、とりあえず謝っておくのが良さそうだ。


「すいません。まさかアマネさんがこんなに早く来ると思わなくて」

「集合の1時間前に集まるのは当然だっ」

「1時間前って……7時からここにいるんですか?」

「えっ……い、いやまあ。一応何かあった時のためにと思ってな」

「何もありませんよ……」


 一体この人はどこまで真面目なのか。

 それとも少し変わっているだけなのか。


 何れにしても7時からここで待っていたんじゃ、相当早起きをしたのだろう。

 昨日はFGの親睦会だったというのに、よく寝坊せずに起きれたもんだ。

 なんて思い、ふと彼女の目元に注目してみると……。


「……えっと、アマネさん」

「ん、どうかしたか?」

「い、いや。目の下、すごいクマですよ」

「あ、ああ。結局昨日は寝れなくてな。朝まで起きてたんだ」

「起きてたって……一睡もしてないんですか!?」

「まあ」


 驚く俺に対し、アマネさんはいたって平然としている。

 というよりも『なんでそんなに慌てているの?』って感じの顔だ。


「なんでちゃんと睡眠摂らなかったんですか」

「なんでって、それはその……」

「日帰りとはいえ今日は1日動くんですから、身体はしっかり休めないと」

「だ、だってほら……レンとお出かけするのが楽しみで」

「……ああ」


 思わず心の声が漏れる。

 もう見慣れた彼女のモジモジで、俺はいつものやつかと察した。

 そしてそれと同時に、とやかく睡眠のことを言う気が一気に失せた。


「じゃあ、とりあえず行きましょうか」

「むぅぅ……レンが冷たい……」


 しょぼんとするアマネさんに構わず、俺は1人馬車に乗り込む。

 彼女の手を引いてあげようかとも思ったが、なんだかまためんどくさいことになりそうだったので、申し訳ないがスルーした。


「荷馬車は俺が持つので。アマネさんは後ろで少し休んでてください」

「い、いいのか?」

「はい。途中で倒れられても困りますので」

「すまないレン。そうさせてもらう」


 そうして俺たちは予定時間よりも早く、アストラの街を出発した。


 目的地である東方の村までは片道およそ3時間弱。

 日帰りということもあるので、少しでも早い出発は俺たちにとってお得なのかもしれないと、そう思っておくことにした。



 * * *



 東方の村へと到着した俺たちは、まず村長から依頼の詳細を聞いた。

 するとどうやら今回の目的は、村近くの洞窟に住み着いたモンスターを討伐することらしい。

 最近そいつらのせいで、村の大事な作物が荒らされてしまっているのだとか。


「わかりました。それじゃアマネさん行きましょう」

「あ、ああ」


 一つ返事で了解した俺たちは、早速モンスターが住み着いているという洞窟へ。

 来たとき同様俺が荷馬車を引き、アマネさんには荷台に乗ってもらった。

 

 だが——。


 どうも先ほどからアマネさんの様子がおかしい。

 後ろを振り向くとずっと俯いたまま、何かを悲観しているようなのだ。


「具合悪いですか?」

「い、いや」


 体調を聞いても首を横に振るばかり。

 きっとあまり寝てないから疲れているのだろう。

 気を使われるのは嫌だろうし、あまり触れないようにしておこう。

 そう思った俺は、それ以上そのことに対して干渉しないようにしていた。


 しかしだ——。


「えっと、何やってるんですか」


 洞窟の入り口でなぜか立ち止まるアマネさん。

 その手足はプルプルと震え、まるで何かに怯えているようだった。


「行かないんですか?」

「い、いや……その……」


 俺が尋ねるとなぜか彼女は口ごもる。

 顔色も若干悪いようだし、一体どうしたというのだろう。


「アマネさん?」

「……あ、あのな……レン」

「は、はい」

「……私はその……」


 何かを言いかけた瞬間。

 アマネさんの顔色がわかりやすく青ざめた。

 そしてそれと同じくして、俺も起こりうる最悪の状況を思い描いた。


(まさか……)


 冒険者ギルド最強の剣士に限ってそんなことはない。

 そう決めつけていたのがそもそもの間違いだったのだ。


「……く、暗いところが……苦手なんだ……」


 アマネさんがそう告白した瞬間、俺はふと思った。

 この世に”完璧”など存在しないのだと——。

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