第5話 理由は謎だがすぐデレる

「——ということでだ。もしレンがよければその……」


 そう言って視線を泳がす彼女の頬は、またもや赤く染まっていた。

 キリッと切れ長の瞳を飾るように浮かぶ微かな水滴は、もしや恥じらいからのものなのか。はたまた全く別の感情からのものなのか。


「……その……私と……つ、つ……!!」


 両足をわかりやすく捩らせ、おまけに両手を胸元で遊ばせ。

 とても平常心とは思えない今の姿は、もういつもの彼女ではない。


 そう——。


 まるで意中の男性に告白でもする乙女のような。

 そんな雰囲気が少なからず感じられる気がするのだ。


「つ、付き合ってはくれないだろうか……!」

「はい。構いませんよ」



 * * *



 そうして俺たちはめでたく恋人同士に……。

 なんてバカな冗談はここら辺にするとして。


 アマネさんにされたのは、そんな浮ついた話では決してない。

 どうやら同じFGの仲間として、とある依頼に協力してほしいらしいのだ。


「それで、依頼をしてきた村というのは」

「ああ、どうやら東方近くの村らしい。距離的にもそう遠くはないだろうから、上手くいけば1日で済ませられると思う」

「そうですか。なら宿泊用の荷物とかは必要なさそうですね」


 この街の冒険者に寄せられる依頼は、近くも遠くも様々だ。

 今回のように1日で済ませられる場合もあれば、1週間や2週間の遠征をしてようやく完了できる依頼の形も存在する。


 前者ならば手軽にこなせる分、それだけの準備が少なくて済むし、逆に後者なら労力や時間がかかる分、達成した後の報酬が大きい。

 冒険者によって好まれる依頼は変わってくるが、俺は断然手軽にこなせる前者のような依頼を優先的に受けるようにしている。


 そもそも知らない土地で何日も寝泊まりしたくないし。

 時間がかかる依頼ほど危険だったりするので、いくら報酬が良くてもできるだけ関わらないようにしているのだ。


「えっと、それで今回は……って、アマネさん?」

「……ひゃっ!? ど、ど、ど、どうしたのだレン!?」

「い、いや、1日で終わる依頼なのにあまり嬉しくなさそうだなと」

「そ、そ、そ、そんなことないぞ!? わ、私だって泊まりは嫌だからなっ」

「そうですか」

「べ、別にレンと一緒に泊まりたい……だなんて少しも考えてないからなっ」

「そ、そうですか……」

 

 何やら良からぬ本音が聞こえてしまったような気がするが……。

 本人も気にせずウンウンと頷いているので、俺も今の話は聞かなかったことにするとしよう。


「そ、それで……今回出かけるのは俺たち2人だけですか?」

「あ、ああ。一応他の者にも声をかけたのだが、どうやら予定があるらしくてな」

「そ、そうですか」


 となると、アマネさんと2人きりでの依頼というわけか。

 日帰りで難易度が低いとは言え、足を引っ張るわけにはいかないな。


「まあそんなに気を詰めないでくれ。いつも通り気軽にいこう」

「は、はい」

「よしっ、これで大体の概要は説明したことになる。今の段階で何かわからないことなどはあるか?」


 そう言われた途端、俺の脳裏に一つの疑問が浮かび上がった。

 だがそれは、依頼の内容とは全くの無関係な前々からの疑問。

 単純に俺がずっと引っかかっていたことだった。


 なぜアマネさんは、俺を誘うのか——。


 これは俺がSOTSに入団した当初からの話。

 マスターであるアマネさんは、なぜか事あるごとに俺に声をかけてくる。


 初めは面倒見の良い人なのかなと思っていた。

 しかしFGに入団して半年が経った今でも、彼女は俺を依頼に同行させたがる。


 もちろん毎回というわけではない。

 こうして2人だけで依頼に向かうのだって今回が初めてだ。


 しかし——。


 それにしても俺だけ他の団員と比べて誘われる機会が多い気がする。

 アマネさんは俺のことを特別扱いしすぎていると思うのだ。


(やっぱり……あれが原因なのかもな……)


 俺自身思い当たる節は微かにだがある。

 その証拠にさっきのような失態、まず他の団員の前ですることはない。

 俺に気を遣っている証拠とも言えるんじゃないのだろうか。

 

 美人で強くてクールで。

 その上決して手の届くことのない高嶺の花で。

 それが世間一般でのアマネさんのイメージだ。


 でもこの人はなぜか、俺の前になるとそのイメージを保てなくなる。

 まるで何かに自分を支配されているかのように、平常ではなくなるのだ。


「……依頼に関してはありません」


 あくまでも嘘のないように俺が答えると、アマネさんは小さく胸をなでおろした。


「そ、そうか。なら良かった」

「は、はい。それじゃ俺、そろそろ失礼しますね」


 露骨に安心するアマネさんに対し、俺の心のモヤモヤは未だ消えることなく。

 これ以上ここにいても悪いと思い、俺は家に帰って早速依頼の準備に取り掛かることにした。


 ちなみに出発は明日。

 とは言え日帰りだから、そんなに準備するものもない。

 おそらく持ってくのは、予備の防具と途中口にする軽い食料くらいだろう。


「明日8時に東門前で。荷馬車は俺が手配しておきます」

「ちょ、ちょっと待ってくれレン!」

「はい、どうかしましたか?」


 団長室から出ようとすると、不意にアマネさんに呼び止められた。

 焦っていた口調からして、何か重要なことでも伝え忘れていたのだろうか。


「そ、その……これは一つ提案なのだが」


 そう言うとアマネさんは、またもやもじもじと身体をうねらせ始めた。

 視線は先ほどよりも激しく泳ぎ、顔も一際赤く高揚しているように見える。


 それにさっきまでは目立たなかった、彼女の美しいボディーライン。

 エプロンがピタッと身体に密着していることによって、その隠された美貌がはっきりと浮き彫りになっている。


「え、えっと、も、もし良かったら……」


 そんなセクシーの鬼とも言える姿のまま、不意に俺たちの視線は重なった。

 薄ピンク色に染まった艶やかな唇が動き出すのと同時に、”彼女の提案”らしきものが、俺の脳にダイレクトに囁かれるのだった。


「……こ、今晩……私の部屋に——!」

「いえ。結構です」

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