第4話 ちょっとドジな高嶺の花
冒険者ギルドの近所にある、SOTS専用のギルドハウス。
俺たちの根城とも呼ぶべきその場所に、俺は1人重い足を運んでいた。
「来たのはいいが、用事って一体……」
地獄のような親睦会もなんとか無事に幕を閉じ。
そのまままっすぐギルドハウスの二階にある団長室へと急いだ俺。
この部屋の扉を叩くのは、確か今回で二回目。
前回来た時がFGに入団した時だったから、約半年ぶりぐらいの訪問になる。
「まあとりあえず中に……」
このままドアの前で佇んでいても埒が明かない。
そう思った俺は、緊張を押し殺し扉を軽く二回ほどノックした。
「アマネさん。レンです」
深夜ということもあり、その声はいたって控えめ。
中にいるであろうアマネさんに、俺が来たことを伝えられればそれでいい。
そして他の人にできるだけ見つからないように事を済ませて帰りたい。
そう思っていたのだが……。
「ひ、ひゃい!!」
扉の向こう側から聞こえて来たのは素っ頓狂な声。
そして慌てるような足音と、『ガラガラガッシャーン!!』という何か大きな物が崩れ落ちるような音だった。
(おいおい……大丈夫かよ……)
一体中で何が起きているのかはわからないが、だいぶもたついているのは確かだ。
俺がノックしてからもう既に30秒ほど経過しているというのに、一向にドアが開く気配がない。
というより。
せっかく俺が気を使って小声で呼びかけたのに、これでは台無しだ。
一階にいた受付の人も、おそらくこの騒ぎに気付いていることだろう。
(てか本当に大丈夫なのか?)
なかなかの物音だったため中の様子が少し心配だ。
宴会の後ということでアマネさんも多少は酔っているだろうし、大事にならなければいいのだが。
「あ、あの。大丈夫で——」
もう周りを気にする必要もないので、俺は大声で中に呼びかける。
するとその声が届くよりも前に、目の前の扉が『バタンッ!』と勢いよく開いた。
「お、お待たせした……!」
作りかけの笑みで、なおかつ謎に息を切らしながら俺を出迎えてくれたのは、俺の知るギルド最強の剣士であるアマネさんではなく。
まるで夫の帰りを待っていたかのような、可愛らしい柄のエプロンに身を包む1人の女性だった。
「来てくれて嬉しい」
そう言って頬を赤く染める彼女は、わかりやすく両手をもじらせ。
不自然に俺から視線を逸らし、これまたわかりやすく照れて見せるのだ。
「あの、アマネさん……」
「な、なんだっ?」
一度彼女の名前を口にすれば、いつもとは全く違う反応。
そしてイメージにあるクールな口調とは裏腹に、とても女性らしい可愛げのあるトーンで俺に呟きかけてくる。
「どうしたのだ、レン?」
「い、いや、なんでも……」
「そ、そうか?」
キョトンと小首を傾げる彼女は、もう皆が知る高嶺の花とは程遠い存在。
もしこんな姿を他の誰かに見られでもしたら……なんて想像するだけで、俺の背筋が一気に凍りつくような、そんな不気味な感覚に見舞われるのだった。
「さっ、中に入ってくれ!」
* * *
アマネさんに促されるまま団長室に入った俺。
とりあえずソファーに腰を下ろしたところまではいいが、俺の気持ちが落ち着かないのと同じくらい、彼女もまた、何やらソワソワと部屋の中をうろついていた。
「あの、アマネさん」
「……ひ、ひゃい!!」
そして俺が名前を呼べば、面白いくらいに肩を弾ませる。
おまけに視線もあちらこちらに泳ぎまくっているので、どうやら相当動揺しているらしい。
(……というか居心地悪い)
「と、とりあえず少し落ち着いて。一旦腰を下ろしたらどうです」
「そ、そうだなっ。とりあえず落ち着いて……」
このままウロウロされてても困る。
そう思った俺が、アマネさんを一度ソファーに座らせようとしたのだが。
『ガラガラガッシャーン!!』
みたいな感じで、テーブルに置かれたコーヒーを思いっきりこぼしたのだ。
全くこの人は……一体何をしているのだろうか。
「ひゃぁぁぁ!! す、すまない!!」
「ああーもう。だから落ち着いてって言ったんです」
「……本当にすまない。熱くはなかっただろうか?」
「あまり飛んでないので大丈夫ですよ。アマネさんこそ大丈夫ですか?」
「あ、ああ。私はエプロンをしてたから」
「なら良かったです」
テーブルの上に広がってしまったコーヒーは、先ほどアマネさんが入れてくれたものだが、彼女がしばらく部屋の中をウロウロをしていたということもあり、随分と冷めていたようだ。
「え、えっと。何か拭くものは……」
それにしてもこの人……。
突然呼び出されたかと思えば何故だか様子が変だし。
部屋に入ったら入ったで用件も言わず1人ウロウロしてるし。
終いには盛大にコーヒーこぼすし——。
「レン。こんな布ですまないが使ってくれ」
「は、はい。ありがとうございます」
そう言ってアマネさんがくれたのは、シミひとつない可愛らしい柄の布。
描かれているのは小さな動物で、あまりアマネさんらしくない……なんて話は置いといてだ。こんな綺麗な布でコーヒーを拭けばシミになってしまうじゃないか。
「さすがにこれは使えませんよ。シミにでもなったら大変です」
「良いんだ。こういう時のために同じような布を何枚も用意しているから」
「いやいや、もっと物は大事に長く扱ってあげてくださいよ……」
この人が相当稼いでいるのは知っているが、にしても金の使い方が荒い。
部屋の中をよく見てみれば、布に限らずあらゆる消耗品が、必要数よりもはるかに多く並べられている。
この部屋に住んでいるのはアマネさん1人だけのはずだし。
これはもう少し、生活を見直してもらう必要がありそうだ。
「はぁ……いいですか。予備を用意するのはいいことですが、もう少し考えて買い物しないと」
「そ、そうだな……。でもどうしても心配になってしまって……」
「気持ちはわかりますが、この布はもう少し取って置いてください。俺なら自分のを使いますから」
「ああ……そうする」
そう言って一度受け取った布をアマネさんに返した俺は、鎧の内側に隠していた少し汚れた布を、布巾代わりに使うことにした。
「ところでアマネさん。俺に話って一体」
「あ、ああ。そうだったそうだった」
「もしかして、忘れてました?」
「わ、忘れてなどないぞ……! うん、忘れてなど……ない」
ばつが悪そうに目を逸らしたので、おそらくは忘れていたのだろう。
一見何でもこなせるスーパースターのように見えるが……何故かこの人。
(俺の前ではいつもこうなんだよな……)
「コホンッ。それで話というのはだな——」
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