第3話 酒豪グランプリ

 アマネさんの乾杯の音頭で幕を開けた親睦会。

 幾多の冒険者を抱える大型FGの宴会というだけあって、その盛り上がりは開始直後から最高潮となっていた。


 乾杯を終えた後にすぐ開かれたのは、毎度おなじみの酒豪グランプリ。

 我こそはという酒好きの男性冒険者たちが、飲んだら舌が焼けてしまうようなとても強いお酒をじゃんじゃん喉に流し込んでいく、そんなバカ丸出しのイベントである。


「オラオラ! じゃんじゃん飲め飲め!」

「一気に流し込んじまえ!」


 野次にも似たそんな声が飛び交う中、激戦を繰り広げる数名の男たち。

 もちろん俺やアインは参加していないので、他の観戦者たちに紛れ、遠くの席から戦いの行く末を見守っていた。


「おいレン! お前も見ろよ! すげー試合だぞ!」

「俺はそういうのに興味ないからいい」

「んなこと言って。本当はお前も気になるんだろ?」

「バカを言うな。あんなイベント、俺にとってはただの地獄だ」


 テンションが上がるアインに対し、俺の気分は下がる一方。


 というのもこの酒豪グランプリ。

 宴会好きな男性冒険者たちには好まれるイベントだが、俺のように平穏を好む人間や、大半の女性冒険者たちにはすこぶる不評なイベントであるのだ。


 そもそも酒豪グランプリは、誰か1人が生き残るまで続くサバイバルゲーム。

 つまり最後に残る1人以外は、その場にゲ○を撒き散らすか、意識を失ってぶっ倒れるかの二択しかない。


 大概の人間はそれを見て喜んでいるらしいが、俺にとってはただの汚物だ。

 他人のゲ○など見たくもないし、そんな環境にいれば飯がまずくなってしまうのは目に見えている。


 だからこそ俺はそんなものに興味などないし、参加もしない。

 毎回このイベントが始まりそうになったら、それを視界に入れないようにして、1人黙って出された料理をほうばることにしているのだ。


(意識しない意識しない……)


 俺は盛り上がりに背を向け、周りの影響を受けないように身構える。

 しかしそんな俺に反し、同じテーブルのアインは随分と上機嫌だった。


「カッハッハッハ! 見たかよレン! 2人同時に吐きやがった!」

「うるせー……そんな報告はいらん」


 せっかく集中して気にしないようにしていたのに。

 アインに余計な報告をされたせいで、良からぬ音が聞こえてきやがった。


「オロオロオロオロ……」


 背筋が震えるようなこの音は間違いなくあれだろう。

 今完全に誰かが絶頂を迎えているというのに、なぜこいつらはこんなにも盛り上がっていられるんだ。


「あれの何がいいんだよ、まったく……」


 俺はわざとアインに聞こえるように呟いたが、その声が彼に届くことはなく。

 酒を掲げたまま歓声を送っているあたり、こいつはもうすっかり場の雰囲気に飲み込まれてしまっているのだろう。


(だから宴会は嫌いなんだ……)


 酒が苦手という理由ももちろんあるが。

 俺がこういった宴会を嫌う一番の理由は、間違いなくこれだった。


 酔っ払いのドンチャン騒ぎは、俺にとって迷惑中の迷惑。

 場の雰囲気を盛り上げるという点では、確かに必要だとは思うが、だからと言って素面しらふな奴らを無造作に巻き込むのは、勘弁してもらいたい。


 とはいえ。


 うちのFGは総勢215名の超大型FG。

 所属している冒険者数で言えば、この街で2番目に大きなFGだ。

 そんなFGの宴会となれば、こうなってしまうのもわからなくはない。


 しかもうちのメンバーのほとんどは男性。

 比率で言ったら9:1で、20人ほどしか女性冒険者がいない状況である。

 だからこそこういった男のノリが、当たり前になっているのかもしれない。


 おそらく今騒いでいる奴らも、同じ環境に女性がいることなんてすっかり忘れてしまっているのだろう。

 本当に冒険者という職業は自由奔放すぎる。迷惑極まりない奴らだ。


「はぁ……早く帰りて」


 俺は小さくため息をつき、用意された酒(度数3%くらい)に手を伸ばした。

 そして男たちの歓声をBGMに、ゆっくりとそれを喉に流し込もうとした。


 と、その時だった——。


「突然すまない。レン、今少し大丈夫だろうか」


 背後から突然響いてきた、透き通るような声。

 どこか聞き覚えのあるようなその声を聞いて、俺は反射的に手にしていた酒をテーブルへと置いた。


「折り入って話があるのだが」


 そう切り出した相手は、紛れもなくあの人。

 うちのFGのマスターであり、冒険者ギルド最強の剣士。

 そして幾多の男性冒険者の憧れの的——。


「あ、アマネさん!? ……ゴホッ……ゴホッ」


 そこにいたのはやはりアマネさんだった。

 純白の鎧を身にまとい、黒く艶やかな髪を可憐になびかせている。

 やはりこの人は高嶺の花と呼ばれるにふさわしいオーラを……。


 なんて話は置いといてだ。

 それよりもどうしてアマネさんが俺のところに。

 びっくりしすぎて酒を喉に詰まらせちまったぞ。


「大丈夫かレン!?」

「は、はい……なんとか……」

「本当にすまない……私が急に声をかけたから……」

「い、いえ。それよりもどうしてアマネさんがここに……?」

「あ、ああ、そうそう。レンに一つ頼みたいことがあってな」

「頼みたいこと? 俺にですか?」


 俺が聞き返すと、アマネさんはウンウンと頷いてみせる。

 ギルドマスターが直々に頼んでくるなんて、一体何の用事だろうか。

 今まで底に着くほど沈んでいた俺の心が、一気に緊張感に支配された。


「実はだな……」


 真剣な表情でそう切り出したアマネさん。

 果たしてどんな用事を任されるのだろう……なんて思っていた矢先。


「あ、あ、あ、あ、あ……アマネさん!?」


 俺がいるすぐ隣から、驚きにも似た声が上がった。

 どうやらドンチャン騒ぎしていたアインも、この場に訪れていたアマネさんの存在に気づいたらしい。


「ど、ど、ど、ど、どうしてアマネさんが!?」

「あ、ああ。少しレンに話をな」

「レンに話ですか!? それって一体!?」


 何やら度肝を抜かれた様子のアイン。

 酔いなど忘れて、バケモノでも見たような顔つきになってやがる。


(てか酒溢れてんぞ酒)


「おいアイン。一旦落ち着け」

「落ち着けって……この状況で落ち着けるわけねえだろ!」

「いいから。とりあえずその酒置けって」

「……お、おう……とりあえずな……」


 俺がそう促すと、アインは素直に持っていた酒をテーブルへと置いた。

 そしてそのまま椅子に座り、なぜか大袈裟に深呼吸をしてみせる。


「スゥー、ハァー、スゥー、ハァー……」

「いや、どんだけ気持ち乱されてんだよお前……」


 美女とはいえ、アマネさんはれっきとした同じFGのメンバー。

 アインだって、日頃から何度もその姿を目にしているはずなのだが……。


「よしっ。落ち着いた」


 そう言ってのけるアインの表情は、未だに素っ頓狂なままだった。

 おそらく目の前に憧れの人がいるこの状況が、うまく飲み込めていないのだろう。

 それにアマネさんの話し相手が俺という点も、少なからず影響がありそうだ。


「あの、すみません同期が」

「い、いいんだ。私こそ驚かせてすまなかった」

「それで、話っていうのは」

「あ、ああ、それなんだが。また場所を改めてということでどうだろう」

「は、はあ」


 まあ確かに。

 この状況で話をしていたら、また余計な横槍が入りかねない。


 それにただでさえこの人は、周りからの注目を集める人だ。

 そんな人と一緒にいて、俺まで余計な注目を浴びるなんてことになれば、この人の虜である酔っ払いの男たちが、黙ってはいないだろう。


「わかりました。そうした方が良さそうですね」

「助かる。そ、それではレン……こ、こ……」

「……ん?」

「こ、この後、私の部屋に来てはもらえないだろうか?」

「アマネさんの部屋に……ですか?」

「あ、ああ」


 そう呟くアマネさんの表情は、少し浮ついているようにも感じられた。

 ほのかに赤く染まるその頬は、果たしてお酒のせいなのか。

 はたまた全く別の理由が影響してのものなのか。


「そ、それではレン。また後ほどな」

「は、はあ……」


 颯爽と立ち去るアマネさんの背中に、その答えがあるはずもなく。

 その後残された俺は、酔っ払っているアインに、アマネさんとの関係を親睦会終了まで永遠と問い詰められることになるのだった。

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