第2話 地獄に乾杯

 王都アストラの中心街にある冒険者ギルド。

 その一階に隣接されている酒場に集まっていたのは、俺が所属するフリーギルド、”スター・オブ・ザ・ソード”のメンバーたちである。


 FGフリーギルドとは、冒険者同士が結束し立ち上げた会社のようなもので、冒険者ギルドに委託された仕事や依頼を、同じFGに所属するメンバー同士で請け負ったり、サポートをしあったりする団体のことだ。


 新たに冒険者になる者は、まず始めに冒険者ギルドに自分の情報を登録し、その後で自身の冒険スタイルに合いそうなFGを選択する、というのが最近の主流である。


 しかしごく稀に、FGには所属しないまま冒険者を続けるやからもいる。

 そういった輩を巷では”ソロ冒険者”と呼ぶらしいが、まあそんなスタイルで生活している冒険者は、全体の1%にも満たないだろう。


 俺も冒険者になった当初は、とりあえずでこのFGに入団をした。

 たまたまこのFGの名前を知っていたからという理由もあるが、それ以上に俺は、モンスターと戦うことを知りながら、たった1人でこの街を出る勇気がなかったのだ。


 そもそも商人を目指していた俺にとって、冒険者は望んだゆえの道じゃない。

『男ならカッコよくモンスターと戦ってこい』なんて、余計なセリフを吐いた親父のせいで、家族に冒険者になれと背中を強く押されてしまったのだ。


 昔剣技を親父から習っていたおかげで、なんとかここまで冒険者を続けられてはいるが、それでも街の外に出れば、俺はまだまだ未熟者。

 同じFGのメンバーにだって、戦力として期待されてはいないのだろう。


「ほらレン、お前の酒だ」

「お、おう。わりい」


 なんて色々なことを考えていたら、どうやら俺にも酒が回ってきたみたいだ。

 本来ならば酒など飲まないところだが、今日は月に一度の親睦会ということで、仕方なく周りに合わせることにする。


「いいのか? そんな弱い酒で」

「ああ。俺は酒とか苦手だからな」

「何だよ。お前まだ酒が苦手だったのか」


 同期に苦笑されたが、正直そんなことはどうでもいい。

 それよりも俺はここにいるバカな奴らみたいに、後先考えず酒を喉に流し込んで理性を失いたくないだけだ。


「なんだレン。そんな暗い顔して」

「いや、お前俺が宴会とか苦手なの知ってるだろ」

「まあまあそんなこと言わずに。盛り上がっていこうぜ!」


 俺にとってこの手の飲み会は、ただの苦痛でしかない。

 しかし同期であるこいつは、こっちの気も知らず、すでに酔っ払ってるみたいにウザ絡みしてくる。


 ちなみに——俺の名前はレン。

 そして酒を渡してきたこいつはアイン。


 俺たち2人は同時期に冒険者になり、こうして同じFGに入ったというだけあって、その関係は友達以上恋人未満くらいには親密と言える。

 まあ俗にいう”腐れ縁”というやつなのだろうが、正直俺はアインのように、人生お気楽そうにしている奴はあまり得意じゃない。


「お、そろそろ乾杯みたいだな。レン、俺たちも立とうぜ」


 しかしこいつは、FGに入った当初から無駄に俺に絡んできた。

 最初はウザい奴だなと思い避けていたが、こうして暫くの間一緒に過ごしていると、不思議とそのウザさにも慣れ、気づけば何の隔たりもなく自然と話せるような仲になっていたのだ。


「おい、聞こえてるか?」

「あ、ああ。わるい」


 まあだからと言って、俺はこいつを特別視している訳でもない。

 もっとこいつについて具体的に話すところではあるが、乾杯も近いようなのでとりあえずここら辺にしておくとしよう。


「それよりもお前、妙に気合入ってるな」

「そりゃ今日は月に一度の親睦会だからな。盛り上がらなくてどうする」

「とか言って。結局いつもみたいに一瞬で潰れるんだろ」

「潰れない潰れない。それよりもほら、ギルマス挨拶してるぞ」

「へいへい」


 本来ならもっと茶化してやりたいところだが。

 ギルドマスターの挨拶が始まっているので、静かにした方が良さそうだ。


 ちなみに。


 うちのFGのギルドマスターは女性。

 名前はアマネ。年齢は確か21歳だったと思う。

 この街のFGマスターでは最年少で、俺やアインともそう大きく歳が離れている訳ではない。


 しかし。


 彼女と俺たちでは、同年代とは思えない圧倒的実力差が存在する。

 なぜならアマネさんは、冒険者の中でも5本の指に入るほどの手練れ。

 間違いなく最上級の冒険者に匹敵するほどの力を持っているだろう。


「なあレン」

「ん、何だよ」

「アマネさん、やっぱり美人じゃね?」

「まあ、確かにあれは美人だろうな」

「だろ?」


 そして彼女が持つもう一つの魅力。

 それを一言で言うならば”見てくれの良さ”だ。


 黒くて艶やかな長い髪に、雪のように白い肌。

 そしてスタイルは幾多のモデルをも凌ぐ、スーパー黄金比で構成される。


 出るところはしっかりでて。引っ込むところはしっかりと引っ込んで。

 千年に一度のウンタラカンタラみたいな表現があるが、それはまさしくこの人のためにあるものだろうと、彼女を見れば思うことだろう。


 まさに男性冒険者のアイドル的存在。

 高嶺の花と呼ばれるにふさわしい女性だ。


「よし、それでは乾杯と行こうか」


 そんな完璧超人のアマネさんは、壇の上に登りこちらに向けて呼びかける。

 するとその声に続くようにして、この場に集っていた約200名の冒険者たちが、盃を天に掲げ「オォー!!」と一斉に雄叫びを上げ始めた。


(はぁ……始まる……)


 さっきも言ったが、この先待っているのはただの苦痛。

 正直俺は『隙を見つけて何とか逃げ出そう』とまで考えている。


 しかしだ——。


「レン! いよいよだな!」


 好奇心旺盛な子供のような目を向けてきているアインがいる以上、俺はこの場を逃れることはできないのだろう。


 そもそもこのテーブルには俺とアインの2人しかいないし。

 仮に俺が隙をついていなくなったとしても、後日めんどくさい追求を受けるのがオチだ。


「先に言っておくが。くれぐれも吐くのだけはやめてくれよ」

「ったりめーよ。俺を誰だと思ってる」

「はぁ……」


 強気な姿勢を見せるアインだが、なぜか自然とため息が出る。


 というのもこいつ。

 最初こそ威勢はいいのだが、結局いつも潰れて寝てしまうのだ。


 その場でゲ○を吐いたことはまだない。

 しかしこの調子だといつそうなるかわからない。


 だから俺はこの飲み会が苦痛なのだ。

 そんないつ弾けるかもわからない爆弾を常に抱えているのだから。


「どうしてもの時は便所に行けよ」

「わかってるって」


 一応忠告はしたので、おそらくは大丈夫だとは思うが。

 どうせこいつのことだから、酔っ払ったらすぐに忘れてしまうのだろう。


「はぁ……」


 俺はわざとらしく大きめにため息をついたが、アインがそれに気づく様子はなく。盃を手にしてうずうずしているあたり、こいつはもうどうしようもない。


「みんな、盃を掲げてくれ」


 そんな不安を抱えたまま始まった、俺たちSOTSスター・オブ・ザ・ソードの親睦会。

 乾杯を待ち望んでいたアインとは裏腹に、俺は力なく盃を頭上に掲げる。


「今日は月に一度の親睦会だ。みんな好きなだけ飲んでくれ!」

「「「「「オォォー!!!!」」」」」

「乾杯!!」

「「「「「カンパーイ!!!!」」」」」

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