隠キャと陽キャ

「お、おう...」


 得意じゃない。

 女子の言う「あの人得意じゃなーい」とか、「苦手ー」っていうのは、それすなわち「きらーい」って言ってるのと同義って、これはゼミでやった事あるとこだわ、ゼミで。

 ゼミすげえ!ショック!

 ていうかもはやそれ、オブラートでも何でも無いから、もういっその事嫌いって言ってもらっても良いすよ。


 まあ、何となくは察していた。

 彼女が俺に対して、あまり良い印象を持っていないだろうという事は。

 

 ここまで話していて、俺と彼女では生きている世界が違うのだと、そう感じる。

 ルックスも、性格も、きっと人望も学績も、俺とは何もかもがかけ離れた、そんな存在。

 隠キャと陽キャじゃ、格が違う。

 こっちが言うセリフじゃないけど。

 

 だから俺みたいな無気力根暗隠キャが鼻につくのはまあ分かる、という事だ。

 かつて誰が付けたかも分からない、この隠キャと陽キャという最早一般用語として定着しつつあるスラングに、人間がカテゴライズされるようになった黎明期から、両者の間には決して終わる事のないであろう冷戦が起こっているのである。

 お互い普段は衝突こそないが、心の何処かでお互いを誹り合っているのだ。

 ちなみに良い勝負してるような口ぶりで隠キャは陽キャをディスるが、実際はあらゆる面において陽キャのボロ勝ちである。


 当たり前に決まってんだろ。


 でもそんな俺も陽キャが得意じゃなーい、です。

 

「...で、用件は何なの」


 面と向かって言われるダメージはともかく、何で俺を呼び出したのか、その理由が全く分からなくなっていた。


 何故俺だけ、ピンポイントなのだろうか。

 それに、さっき言ったという言葉の意味も引っかかる。

 過去に俺が何か彼女にしたのだろうか。

 少なくとも、これが初対面である事は、俺の中で確かなはずなのだが。


 そして山本は変わらずこちらに顔を向けたまま、口を開いた。


「その前に、もう少し聞きたいというか、話したい事があるの」


「...?」


 んだよまたCM?長えよ。

 そんな適当なツッコミを心中で混じえ、外面はあえて渋そうな顔で彼女の方を見返してみる。


 だが陽キャとのガン飛ばし対決に勝てるはずも無く、すぐその勝負は降りる事にした。


 はあ、と肩を落とすように少し視線を外す。

 雑に消された黒板には、その消し跡が所々に残っていた。


 そのまま彼女の言葉を待つと、彼女の息遣いが聞こえる。


「私は高田くん達みたいな、何事にも全力注がないような人たちの気持ちが、分からない」


 結局それは、先刻の話の続きだった。

 俺としては、さっきの半ば嫌い発言は特にもう良かったのだ。

 

 だからまた俺の方が適当に返せば、そのまま終わらせる事も出来ると思う。

 それでも何故か、今のその言葉の方が自分の中のどこかに突っかかる感じがした。


「...どういう意味だよ」


だから早く取っ払ってしまおうと、思わず素直な感情が口を突き出る。

その発せられた声音は、さっきよりも、自分でも分かるくらいに暗かった。


山本は変わらず、俺の方を前に見据えていた。

その真剣な面持ちを、昼に射す春の光が鮮やかに映し出す。


「まだそういうのが、カッコいいとか思ってたりするの?一生懸命やってる人たちの方が、ずっとカッコいいに決まってる」


 彼女の澄んだ声が、この静閑な教室に響き渡る。

 一切の濁りの無い言葉が、俺の耳に刺さるように届いた。


 正直、そんな風に思われていても、それは仕方の無い事だと思った。


 大抵は、視覚的にも、文面的にも、色んな所を鑑みても、俺たちが間違っているように見えるだろう。


 眩くて綺麗で、触れてはいけない程の尊さで埋められた、その青春の一ページに、泥を塗る悪者たち。


 リア充のロジックは、理屈は分かってもそこに理解は無かった。

 だがそれに対して特別反論を起こそうとも思わない。

 さっきも言ったように、隠キャに勝ち目なんて無いのだ。


 だから俺は俺なりに、自分の積み上げたものを大切にさえ守れば良いと、そう思っていた。


 でも何だろう。

 こうして守ろうとしているものに、無理やり触れようとする彼女の言動が、どうにも煩わしい。


「そんな訳、無えだろ」


 俯きながら捨てるように放った言葉が、そのまま勢いなく薄汚れた教室の床へと落ちていく。


「じゃあ君たちは本当に、さっき高田君が言ったように、興味が無いだけなんだ」


 そう言った山本の表情は、どこか悲しげで、それが余計なお世話だと思った。


 ここで青春を送れない奴が悪い。


 そう、なのかもしれない。

 だけどな。


 それがどうした。

 そんな勝手に出来上がった、嘘偽りにも似た基準を満たせない事が、それほどに悪い事なのか。


「別に興味が無かろうが、それで良いんじゃねえの」


 俺はまた彼女の方を見ずに下を向いたまま、独り言のように返事をした。

 この二人だけの教室を覆う張った空気の中を、ただ言葉だけがゆっくりと両者の間を弧を描くように行き交う。


「私はそれじゃ良くないと思うんだけどな」


 私という言い回しは、どこか陽キャ一同を代表しているかのような響きに聞こえて、またそれが少し鼻についた。


 この学校という小さな箱庭において、陽キャの力は絶大。

 あいつらの関心事が、ここでは全て。

 

 周りその他も、いつの間にかそのさも正しくもない価値観に吸い寄せられるようにして、流されていく。


 万が一にもそこで溢れようなものなら、それは要するに「ノリの悪い、イケてない」グループに認定される訳だ。

 

 何もこれは学校に限った事じゃない。

 きっとこの先社会という本番環境に突入しようが、それは同じ事だ。

 学校とは、社会の縮図だ。


 広い世界があると言う大人たちがいる。

 だが多少範囲が広がろうが、きっとそれは変わらないのだ。


 それに何より、このちっぽけな空間しか知らない俺たちに、その説諭はあまり効果的ではない。

 

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