みんな

「何が良くないのか、分かんねえんだけど」


 俺たちの会話は、進んでいるようで進んでいないような、そんなもどかしさがあった。

 それでも俺が何かを返せば、彼女からの言葉が返ってくる。


「それじゃダメなんだよ。みんなで頑張れなきゃ、意味がないから」


 ふと山本の方を見ると、彼女もまた下に目を落としてそう答えた。

 長い睫毛だけが少しだけ上の方を向いていて、口元は笑んでいるようにも見える。


 みんな、か。

 彼女の発したその言葉を、自分の中でも文字に起こす。


 "みんなやってるから"


 この一言だけで、やってない方が損してるみたいになるのおかしいよな。


 そうやっていつの間にか関係の無かった要素ですらそのみんなという集合体に入れようとする。


 思うにこれは、本来の用法を分かっていない者のの使い方だ。


 正しい使い方としては、


「みんな週休3日!」


 などがあるとされている。

 これなら誰も不幸にはならない。

 な?


 で、今の彼女の場合は悪用だ。

 俺らを勝手にその「みんな」に入れるのはやめてくれ。


「そうやって勝手に何でも巻き込みたがるお前らリア充の気持ちの方が、俺には分からないんだけど」


 意趣返しのように、今度は俺の方が不理解を示す。

 こうしてお互いにぶつけ合っても仕方が無いと思いながらも、今は性にも合わず少し熱の上がっている事を自覚する。


「そのリア充の区分はよく分かんないけど、まあいっか」


 山本は考えるようにして口元に人差し指を当てたが、その後すぐ諦めたようにその手を下ろした。

 え、何、こいつ自分がリア充、みたいな自覚ないの?

 陽キャって全員そういう認識で誇り高く生きてるもんだと思ってたんだけど、そうでもないんかしら。

 まあいっか。


「確かに、関心っていうのは大事な所かもね。高田君からしたら、自分の興味の向かないものに対して無理やり巻き込もうとする存在が、それを当たり前とする空気が、うっとうしく感じる、って事だよね。ううん、高田君だけじゃない。多分そういう人たちは、きっと他にもいるよね」


 山本はうん、と自問を繰り返すように言った。

 考え固くなったその表情には、誠実さがあった。


「そこまで思ってて、何でその全員ってのにこだわるわけ」


 俺は純粋な疑問を山本に投げかける。

 汗で滲んだ手を、強めに握り締める。


「みんなでやった方が、すごい事が出来そうだから」


 何とも曖昧で宙に浮いたようなその答えに、思わず怪訝な顔をしてしまう。

 だが特に声に出す事は無く、そのまま山本の補足を待つ事にする。


「人間一人一人の力って、全然小さくなんか無いと思うの。何かに熱中している人間の力はとても大きい。"夢中"は強いよ」


「はあ」


 山本の話に、とりあえずの適当な相槌を打つ。


「要するに、普段はそれぞれ他の事に向けられているそのみんなの凄い力を、何か一つにちゃんと向ける事ができたなら。シンプルに考えて、すごい事になりそうでしょ?」


 単に総量の話という事なのだろうか。

 別にそれがすごい事だとは思わなかったが、一応の理解は出来た。


「みんなで"力を合わせる"って、そういう事だと私は思うの」


 山本は、まるで宝物を欲しがる少女のような表情で笑って話す。

 俺は後ろ髪を触るようにして彼女に問う。


「一応聞いとくけど、それはお前ら陽キャだけでわいのわいの盛り上がるだけじゃない、本当の意味での"みんな"って事で大丈夫か」


「?うん、"みんな"は"みんな"だよ」


 山本はイマイチ話が通じていないのか、少し不思議そうにそう答えた。

 あー分かった。

 この子は多分本当に「ここにいるみんな友達!」とか考えてるタイプの、純血純正の陽キャだ。

 隠キャ上がりとか、根が暗いと、こうは行かないからな。

 そういう奴ほど、周りと何かを比べてやたらと区分したがるものだから。


 まあそれはさておきと、俺は一度コホンと軽く口を鳴らし、言葉を続けた。


「でもその"合わせる"って作業が、めちゃめちゃムズイんだろ。絵空事のようなもんだと俺は思うけど」


 つまりはどうやってそこにいる集団全員の気持ちをあるものに向かせるか、って事だろ。

 それは一部だけならおそらく実行可能だろう。

 だが全員となれば、その難易度は格段に上がる。

 

 ある行事には積極的でも、かたや別の行事ではそこまで気が向かない事もある。

 個性も違う。

 この学校に来た目的だって、皆それぞれにあるだろう。


 考えればきっと他にも障壁があるはず。


 その中で、本当の意味で"全員"が力を合わせて同じものに向かっていく事を目標としているのならば、それは忽然として難易度Sの無理ゲーと化すのだ。


 こうして現実というのは、いつもある程度の高さを持った壁としてそこに在る。

 そこからでは決して理想は見えない。

 だからイメージをしにくいのだ、それを超えていく自分たちの姿が。


「理想ってそういうものでしょ」


 それがまるで俺の心の内を見透かしていたように聞こえて、そのタイミングの良さに思わず身震いする。

 エスパーかよ。


「難しいなんて分かってる。でも一番大事なのは、"どうしたいか"、じゃない?常により"良い"と思った方向に進みたいから、やるんだよ」


 山本はそう言って無邪気に笑った。

 彼女の話は、別に真新しいものでも何でも無かった。

 誰もがどこかで聞いたような、そんな話。


 だがそのあっけらかんと立ち向かっていくような彼女の態度が、意思が、俺にとっては斬新さすらをも感じる程に錯覚させたのだ。


 だがやはり、その"みんな"に対する価値観という点で、彼女と俺の間には大きな相違があった。

 これが決定的に、俺たちを分けている所なのだと、そう思った。

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