第2話【物置の中の異世界】

 俺の家の庭を半分占拠する無駄に大きな物置。その中に俺は今身を置いている。


 ドアだけがそこにある。

 実にシュールだ。シュールレアリスムだ。あるいは国民的アニメに出てくる〝どこにでも行ける〟という秘密道具のようだ。


 今俺はなんとなくこのドアを開けたいという気分になっている。このドアを開けるのは生まれて初めてということになる。これまで十五年間生きてきてこのドアに触れようともしなかったのは置いてあるのが物置ということもあり、どことなく薄気味悪いという子供心があったからだろう。しかし今は違う。なにせ一枚板の玄関扉だ。


 ドアだから当然取っ手が付いていて、そのドアノブに手をかけて、そして引っ張ってみた。

 物理的に言ってドアの向こうは物置の壁——でしかないのに無性に開けたくなったのだ。




 声が出なくなった——

 しかし、ドアの向こうは野っ原であった。生暖かい風が開いたドアから吹いてくる。


 扉の向こうにこんな不思議な世界があったとは————


 もしや、だからこのドアが捨てられることもなく、今の今まで我が家にとっておかれたのだろうか?

 しかしこのドアの向こうの野っ原はいったいどこだろう? 注意深く観察を始める。



 それは比較的すぐに見つかった。

 丘の向こうに尖塔が林立しているのが見えた。その尖塔群の瓦はことごとく紫色だった。

 うーむ。

 そうだ! と思いついた。物置を飛び出し家から双眼鏡を持ち出してきた。俺がいない間にこの不思議な世界は消えてしまうんじゃないかと双眼鏡を捜している間に気づいたがその懸念は杞憂だった。

 物置に戻ってきても扉の向こうの世界は未だそのままだった。


 双眼鏡に目を当て尖塔を拡大してみる。

 紫色の屋根を持つ尖塔はどれもこれもソフトクリームのように捻れている。こんな〝世界遺産〟は間違いなく世界のどこにも無い。記憶の中にまったく無い。

 ふいに双眼鏡の視界が明るい橙白色で埋め尽くされた。思わず双眼鏡から目を離すと「わっ!」と声をかけられた。「ひっ」と情けない声が出てその場に尻もちをついてしまう。


 そこには女の子が立っていた。明るい橙白色はその女の子の頬のようだった。しかしその女の子が身にまとっている服が、最低限見られちゃいけない箇所だけを隠し、それに透け透けの布を適当にとり付けたようにしか見えない実にいやらしいモノ。はっきり言って半裸の姿で立っていた。それを下から見上げてる俺——

 目と目が合った。

 生まれて初めて〝美少女〟という存在を間近に見たような。


 半裸の少女がひざまずき手を差し出してきた。

「わたし達の世界に来ていただきたく」

 今確かに俺の耳が〝日本語〟を認識した。

「〝わたし達の世界〟って、そっちはいつの日本?」相手が日本語を話した以上は当然持つ疑問だ。

「日本という世界はわたし達の世界には存在しません」半裸の美少女は言った。

 えっ、どういうこと? それヤバくない?

「じゃ中国やアメリカやヨーロッパは?」

「それらもまたわたし達の世界には存在しません」

「……」

 つまり向こう側は地球じゃないどこか、ってことなのか?

「あなたの開けた扉は〝勇者の扉〟です。あなたとわたしでことばが通じるのはこの〝勇者の扉〟の力。あなたは勇者としてわたし達の世界に召喚されました」

 扉の力? しょうかん? って〝召喚〟か? これが噂に聞く異世界か?

「誰だよ? 俺を召喚したのは?」俺は目の前にいる半裸の美少女から目を逸らさずに訊いた。どう考えてもこれは……と思うだろう? このコが呼んでくれたって——

「あなたを召喚したのは扉です。〝勇者の扉〟がひとりでに開きあなたを召喚したのです」

 なんだよ、アンタじゃないのかよ。

「あなたは〝勇者の扉〟に選ばれし運命のお方。ぜひともこの召喚、受けていただきたく思います」

「ちょっとストーップ、ストップ! 当たるったってLOTOじゃあるまいし」

「LOTOの勇者ですか。それも素適なお名前ですね。益々運命を感じます」

 それって言っちゃっていいのかよって感じだし。どう考えても『イエスorノー』以外に返事を求めていない雰囲気。こういうのは考える時間ってのが必要だろ!


 ハッキリ言ってどう答えていいものか解らない。


 俺はいっこうに動こうとはしないし、半裸の美少女はきょとんした顔を俺に向けたまま。ふたりでお見合い、膠着状態となっていた。

 この女のコ、案外二つ返事での答えが戻ってこないことに混乱しているのかもしれない。あるいは俺が何かを言うまでひたすら待ちの一手、とか。



「そもそも運命だとかなんとか言う前に俺は運動神経はイマイチだし、ケンカはやったことないけどたぶんメチャクチャ弱い」俺は根負けし先に口を開き、おまけに否定的なことばを喋ってしまっていた。

「なにが言いたいのです?」半裸の美少女が不思議そうな顔で訊いてきた。

「俺は自分が勇者に向いてるって思えない」

「いいえ、向いています。勇者であるあなたはハッキリ言ってチートです」


 ちーと? ちーとって何?

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