なぎさ作:バグの中にも光
シンデレラの絵本だとか、指輪だとか。
やけに可愛らしいもので埋もれた、暗い、湿っぽい部屋の中。
PCの画面とにらめっこをしながら、僕こと春日井真昼は口に手を当てた。
「VR……ねぇ」
近頃、空前絶後のブームを巻き起こしている新ハードが、ある。
スタンディナビアだとか、PD5だとか。様々な人気ハードが新作を出す、まあ、いわゆるゲーム機戦争という奴の中で、無名社がこれほどの人気を獲得するのは、正直夢物語のような話である。
フルダイブ式VR。確かに凄い技術だろう。
だがしかし、僕は正直、コイツを気に入っちゃいない。何がフルダイブ式VRだ、と言ってやりたい。大体、ライトノベルからアイディアをパクっておいて、恥ずかしくはないのだろうか。もう、プライドを捨てているようにしか思えない。それに便乗する奴らも奴らだ。アイツラも所詮、波に流されることしか出来ない人間なのである。やるか。やってやるものか。やってほしければ土下座しろ。懇願しろ。というかだ。フルダイブ式VRなど――。
「ねぇ、お兄ちゃん! このゲームやりたい! ぶいあーる!」
「お、兄ちゃんも丁度やりたかったんだ。よし、やろっか。やろう。うん」
――べ、別にっ、やりたくてやるんじゃないんだからね!
―――――――――――――――――――――――――――――――――
「にっしても、広い世界だな」
VRとやらを買った僕は、早速PFO――通称パーフェクトファンタジーオンラインの世界へとやって来ていた。今日は久しぶりの休日だからな。ぱーっと遊ぶぜ。
両親の遺産でこんな物を買って良いのだろうか、と少しばかり迷いもしたが、妹の頼みとあらば致し方なかった。今まで、妹のために買った物は数知れない。ひよこのおもちゃに、綺麗な宝石、指輪に、シンデレラの絵本。妹は可愛いものが大好きなのである。
うん。可愛いよね、うちの妹は。
特に、シンデレラを未だに、シンデデラと言ってしまうところが、とてつもなく可愛いらしい。滑り台やテレビは治ってきたが、しかし、こればかりはまだ治りそうにない。
おっと、ロリコンではないぞ?ゾ?
ちなみに僕はたった今、キャラメイクとチュートリアルを終えたところで、ようやく始まりの街、『クロワッ3号』にやって来たところだ。初期の街という事もあり、流石にたくさんの人が集まっている。
鎧を身に纏う人、ローブに身を包む人、先端に宝石の埋め込まれた杖を持つ人。
本当、どこを見ても、ファンタジーって感じだ。流石、完璧なるファンタジーオンラインだね。
「っと。そろそろ来るかな」
僕が待っていたのは、妹だ。お互いに名前は教えてあるから、容姿は違うが、絶対に出会えるはずだ。正直、一人でチュートリアルをこなせるか不安であるが、まあ、命令に従うだけだ。間違うはずもない……と思い、待つこと三十分――。
――「来ねぇ!」
――「来ないー!」
――「「え?」」
隣に立っていた女と声が重なり、僕は呆けた声を漏らす。と思ったら、相手も同じように声を漏らした。数秒間見つめ合い、硬直する。
艶のある金髪のロングに、透き通った緑色の瞳に。
キャラとはいえど思わず引き込まれてしまって、僕は、頬が紅潮していくのを感じる――って、キャラだからただの勘違いか。
「なんで、そんなに頬が赤いんですか?」
「げっ! そんなに細かいのかよ、このゲーム!」
「冗談です。まさか、見惚れていました?」
そう言って微かに笑みを浮かべる彼女に、僕は更に惹き込まれる。大人の余裕というか、何というか。近頃そういうものに触れ合う機会のなかった僕にとってそれは、とてつもなく新鮮な感覚だった。
僕ってば、初対面の人にどんな感情を抱いているんだ!?
確かに、両親が亡くなって以来多忙な日々で、恋愛など到底出来たものじゃなかったが。しかし、まあ、これ程までに恋とやらに飢えているとは……。
目を丸くさせ固まる僕に、目の前の少女は手をひらひらと振り、「おーい」と緩急をつけて連呼する。それにより現実に連れ戻された僕は、なんだか恥ずかしくなって、思わず口に手を当てる。
「す、すみません。考え事をしていて」
「ふーん? ねぇ、それよりあなた、名前は!?」
食い気味に訊いてくる彼女に少しばかり戸惑いながらも、僕は答える。
「僕……ですか? 僕は、ミデイって言います」
すると彼女は分かりやすく肩をすくめ、落ち込んでみせた。ぐぁあああ、と女らしくない呻き声をあげながら、「やっぱ人違いよねぇ……」と嘆く。どうやら彼女も、待ち人あり、のようだ。まあ、大体そうだろうとは思っていたが。
「僕も人を待っていて……。まあ、待つしかないですかね」
「そうねぇ。あっ、因みに私はアシュ。よろしくね!」
そう言って腕を後ろに回す彼女に向かって、随分と男らしい名前だな、だとか呑気なことを考えながら、僕は手を差し出す。
「ああ、よろしく」
――がしかし、彼女は手を取らなかった。
「あの、その……手は、つげないかなぁ……」
ぐぁあああ、と呻き声を上げたくなるくらい恥ずかしい。心の中でのたうち回りながら、僕は必死になって涙を堪え、口元に手を当てる。
「いやぁ、違いますよ。肩が凝っちゃって。手を伸ばしたいなーって。あはは」
「これ、ゲームだから……肩凝らないんじゃあ……」
「・・・」
――あああああああああああ!!
僕は何度間違えたら気が済むんだ!?
バカバカ、僕のバカッ!! もう、僕なんて知らないんだからっ!!
「ふふっ。ふふふっ」
口元に手を当てながら笑う彼女を見て、素っ頓狂な顔を浮かべる。
なんで、笑っているんだろう。そう思って眺めていると、遂に、腹を抱えて笑い出した。
「ミデイって、お馬鹿さんなのね。ぷふふっ」
涙を拭いながらそう言う彼女に釣られ、僕もいつの間にか笑っていた。
「そうかも知れませんね」
なんだか、距離が近づいた気がして。とてつもなく、嬉しかった。
でもまだ、握手はしてくれそうにない。……なんで?
―――――――――――――――――――――――――――――――――
それから他愛も無い会話を繰り広げ、かれこれ一時間は経ったであろう頃。流石に違和感を覚えた僕は、アシュさんに断って現実にはるばる戻ってきていた。
どうやらアシュさんは、そのまま白馬の王子様を待つようだった。笑えるね。
頭をすっぽりと覆い尽くすVR機を取り外し、すぐに妹の場所に首を巡らせる。
するとそこには、始める前と同じような体制でVR機を被っている妹の姿があって。僕は「ほっ」と一息つき、胸を撫で下ろした。
時計に目を見やる。すると時計は、5時の辺りを指していて。僕は、「まずいな」と独りごちた。妹は、5時30分になると、うなされるのだ。理由は……不明だ。
そうだな。心配だし、妹も起こすか。そう思い、VR機に手を当てた僕は、ピタリと手を止める。
「そういえば」呟き、VRの入っていた箱を漁ると、薄い紙を取り出した。ペラペラとページを捲り、『注意事項』の一覧を探す。長ったらしい、いくつもの注意事項を流し読みして、そして僕は、文字を追う指を止めた。「やっぱりだ」
――VR使用者から無理やりハードを外してはいけません。
となると、妹が自分の意志で戻ってこなければならない……という事か。
きっといつかは戻ってくるだろうが、しかし、それでもやっぱり、不安だ。
「お兄ちゃん……うぅ。た、たす……ぅ」
不意に妹が声を出して、僕は驚き目を見開く。
見開いたことで広くなった視界が、更に僕の事を追い込んだ。
――体調の優れない方のプレイは、推奨されていません。
そして、「ははっ」と乾いた笑いを漏らした。
――早く、戻らなきゃ。
妹の小指を強く握ると、僕は再度、VRの世界に身を投じだ。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
「遅かったわね。どうだった?」
「すみません! それどころじゃないんです!!」
ログインしてすぐ、アシュさんに声をかけられた僕であるが、今はそんなことどうでもよく。僕は、勢いに身を任せ走り始めていた。
「え、ねぇ、ちょっと!!」
背後からそんな彼女の声が聞こえてきたが、それもちゃんと耳には入らなくて。まるで、世界から孤立していくような感覚が、僕を襲った。焦りすぎて、自分が今、何故走っているのか、どこに向かっているのかも、分からなくなってしまう。
とにかく頭は真っ白で。とにかく、がむしゃらだった。
――助けなきゃ。もうすでに、うなされていた。早く、助けなきゃッ!!
「ねぇ、ちょっと待ってよってば!!」
強く腕を引っ張られ、僕は現実に連れ戻される。
するとそこには、アシュさんが口を膨らませて立っていた。
僕はきっとキョトンとした表情で、彼女に問いかける。
「アシュさん……!? で、でも、人を待っているんじゃ?」
「ミデイがいなかった間にログアウトしたわ。それで、一体何があったの?」
――ああ、そうだ。そうだよ。こうしちゃいられない。
「妹が。妹がッ!! 妹が……」
項垂れるように地面に膝を突き、僕は腕を震わせる。
怖かったのだ。妹を、たった一人の、大切な家族を失うことが。たまらなく、恐ろしかったのだ。いつだって、アイツが僕の生活の支えだった。いつだって、僕の中ではアイツが中心だった。
きっと。きっと――。
妹がいなければ僕は、壊れてしまうだろう。
帰ってくるとは分かっている。
ここまで人気が出たゲームだ。安全は、限りなく保証されているはずだ。
だけど、だけど、それでもやっぱり、怖いんだ。
「大丈夫よ」
不意に頭上から声がかかって、僕はハッとなり、声の持ち主の顔を見上げる。
するとそこには、アシュさんの姿があって。僕の頭を、撫でていた。
だがしかし、これでも僕は、れっきとした大学生だ。嬉しいはず、嬉しいはずが――。
あれ? なんでこんなにも、落ち着くんだ……?
まさか、僕はこんなにも、愛に飢えていたというのか……?
――と、こうしている場合じゃないな。
僕は地面を蹴って、跳ねるように立ち上がると、口に手を当てて告げる。
「もう大丈夫です。復活です。それじゃあ、僕は妹を助けに行きます。本当、ありがとうございました!!」
「ふふっ。いいのよ。それじゃ、私は街の東の方を探しに行くわね」
至極当然のようにそう言ってみせるアシュさんを見て、僕はパチパチと瞬きを数回。
そして、「は?」と声を零した。
「何言ってんのよ。早く探すんでしょう? ほら、さっさと名前教えなさい」
アシュさん!!!!!と叫びたくなるのをぐっと堪え、僕は深く頭を下げる。
「ありがとうございます。妹は、ミントと言います……。どうか、よろしくお願いします……!!」
そのまま流れるように顔を上げると、そこには、アシュさんの無邪気な笑顔があった。
「良いってことよ!」
―――――――――――――――――――――――――――――――――
「ミントォォォオオォオオ!! おーい、ミント!!」
がむしゃらに叫びながら、僕は街の西側にやって来ていた。
『クロワッ3号』は、有り得ないほどに広い。出口が見えない程に、広いのだ。だからこそ、探すのはかなりの難儀だった。正直、もうかれこれ20分は走っている気がする。それでも、諦めやしなかった。
ここに来る前は大体5時だったから、あと10分程度で見つけなければ……。
「誰かぁあああ!! ミントって名前の女の子を見ませんでしたかぁあああ!!」
「おい、兄ちゃん。流石に、うるせぇんじゃねぇの……?」
バキボキと指を鳴らしながら、ガチガチの装備を身につけた男がやって来る。
まずい、そう思い一歩後ろに下がると、背後にいる何者かにガシッと両腕を掴まれた。動くことが出来ず、僕はジタバタと体をうねらせる。
「おい、離せよっ!! こうしてる場合じゃないんだよッ!!」
いくら叫んだって、開放されることも、また、目の前の男が止まることもなく。やがて目の前まで歩み寄ってきた男は――僕に、握手を求めてきた。
「ほら、手を取りな」
言われ、僕はよく分からず、男の手を取った。
すると、突然視界に青く透き通ったパネルが浮かび上がる。
『サクマさんに、パーティーに招待されました。承諾しますか? はい/いいえ』
――なんだこれ?
首を傾げ、問いかけようとすると、先に男、もといサクマさんが口を開いた。
「承諾しろ」
「え、あ、はい……」
するとまたも、青色のパネルが浮かび上がった。
『サクマさんとパーティーメンバーになりました。』
一体、何の目的だ……?
そう思っているとすぐに、次なる文字が現れる。
『サクマさんからフレンド依頼が届きました。承諾しますか? はい/いいえ』
パーティーメンバーになってから、フレンド依頼を送るのか……?
順序に少しばかり戸惑いを覚えながらも、僕は恐る恐る『はい』に指を伸ばす。
すると――。
『戦闘が、開始致します』
「……は?」
口が震えている。指先が震えている。いいや、体全身が震えている。
目の前の男はニヤリと不敵な笑みを浮かべると、言い放つ。
「誰がお前みたいな雑魚と手を組むかよ……。これはバグだ。システムのチャットを書き換えるバグ。ははっ、いいねぇ……その顔」
――殺らなきゃ……っ!!
咄嗟に、初期武器である刃こぼれしたダガーを装備する。
がしかし、サクマはそれを鼻で笑うと、僕に対し冷酷に告げた。
「なぁ、これ、ゲームだけどさ。結構、いてーよ?」
ヒヤァ、と血の気が引いてゆき、僕は、ゴクリと唾を飲み込んだ。
恐怖が体を蝕んで、足がまるで鉛のように重くなる。そんな僕に対し慈悲をくれることなどまるでなく、サクマは目にも留まらぬ速さで走り始めた。
――まずいっ!!
咄嗟に身をかがめ、紙一重でサクマの攻撃を回避する。がしかし、その後どうしたら良いのか分からなくなって、僕は訳もわからず、ただただ逃れたい一心で、まっすぐ走り出した。
サクマはどうやら、勢いでもたついているようだ。
今なら――って、は……?
見えない所に……壁がある……っ!?
「なんだよこれ……!! おい、早く行かせろよ!!」
振り返ればそこには、豪快に笑うサクマの姿があって。僕は、歯を食いしばった。一体、どんな痛みがするのだろう。というか、それより、妹は……無事だろうか。
これだけ広大なマップだ。迷ったって仕方がない。でも、もし、この先にミントがいるとしたら。僕はまた長い時間をかけて、ここまでやってこないといけないのか……?
――本当、神様は嫌なやつだ。
「透明の壁バグすら知らねぇやつに攻撃を避けられるとはなぁ!!」
怒号をあげながら飛び掛かってくるサクマを見て、僕は強く目をつむった。怖くて怖くて、思わず瞑ってしまったのだ。がしかし、いくら経っても、サクマの攻撃が僕に当たることはなく。僕は、少しずつ、ゆっくーりと、目を開けた。
なんだか、変な感覚がする。
まるで、急速に落下するような。というか、この暗闇、どこだ……?
下を見れば、底のない闇がある。
僕は今……落ちているのか……?
サクマの声が、すぐ近くから聞こえてくる。
「チッ。奈落バグか……。運のいい奴め」
あれ……僕……何しているんだっけ……?
ゲームだというのに、やけに意識が朦朧としている。
吐き気がするほどの、目眩がする。
僕は、僕は――。
どうなってしまうんだ……?
そして、まるで闇に呑まれるように。僕は、意識を失った。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
『システムが危険信号を受け取りました。強制シャットダウンに移行します』
――目を覚ませばそこは、現実だった。
どうやら、熱が出て眠っていたらしい。
横に目をやれば、見覚えのない機械を頭につけている”姉さん”の姿がある。
なんだ……これ……?
記憶にボヤがかかって、上手く思い出せない。
外しても……いいんだろうか……。
そう思い、手をのばすと――。
「助けて……真昼……。ぅうぅうあぁあ!!!!」
――そんな妹の辛い声に、僕はハッとなる。
そして、体中に電撃が走り抜けるような感覚がして。
あの日の出来事が、急速にフラッシュバックする。
それは、楽しい旅行のはずで。笑顔が、絶えないはずだったのだ。
小学三年の春休み。ようやく僕も、上級生の仲間入りだと浮かれていた頃のことだ。
大きくなったなだとか、お姉ちゃんの身長を越しただとか、そんな他愛も無い会話をして。とても楽しかったことを、今も覚えている。
きっと、こんな日々が、これからもずっと続くのだろうって。
いつの間にか、当たり前に思っていたんだ。
いいや、確かにそうなるはずだった。
なのに……なのに……。
ぐらっと勢いよく視界が揺れて、強い衝撃に襲われて。
笑い声で満ちていた空間はいつの間にか、悲鳴で満たされていた。
ようやくの事で安定した視界は、とにかく赤で染まっていて。
吐き気のような、ただひたすらに気持ちの悪い感覚が僕を襲った。
――僕らの乗っている車は居眠りしたトラックに巻き込まれ、吹っ飛んだのだ。
ああ、今でも覚えている。
姉の、
姉は、飛び散った両親の内蔵を必死になってかき集めていた。手繰り寄せ、そして、また体に押し込んでいた。僕に、「助けてよ」って叫びながら。でも、僕にはどうすることもできなかった。
あの日、僕らの両親は死んだ。
そして――。
姉は一部の記憶を失い、子供のまま、精神だけ、成長しなくなってしまった。
僕は、部屋で一人、拳を握りしめる。
思い出すだけで腹が立つ……。あのトラックの居眠り野郎も、どうやら即死だったらしい。どうせなら、生きていて欲しかった。そしたら僕が――死ぬまで殴ってやるのに。
「ねぇ、ま……ひる……。助け……て」
――そうだ。
妹は――姉さんは今、VRの世界に取り残されたままなのだ。
そうだよ……。早く、助けなきゃ。
「大丈夫だよ……。姉さん」
僕は機械を被ると、またもPFOの世界に入り込んだ。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
「おはよう」
柔らかい感触が後頭部に広がり、また、視界にはアシュさんの顔がある。
まさかこれ……膝枕かっ!!
恐ろしくなり「うわぁ!」とみっともなく叫び声をあげながら、僕は立ち上がる。
すると、アシュさんは「ふふふ」とお淑やかに笑ってみせた。
「ミントは……見つかりませんでしたか……?」僕は問う。
「うーん、どうだろうね。そっちは?」そして、アシュさんは答えた。
「ダメダメでした……」でもって、ボクも答える。
「そっか……」残念そうに、アシュさんは顔を伏せる。
「はい……」僕もまた、顔を伏せる。
――「ねぇ、まだ、見つけられないの……?」
アシュさんのそんな言葉に、僕の頭上には『?』が浮かぶ。
一体……何を言っているのだろう。
分からなかった。
黙り込む僕を見て、アシュさんはぷくぅと口を膨らませる。
そして、やれやれとでも言うようにため息を一つつくと、明後日の方向を見ながら、儚げに口を開いた。
「昔々、シン
――え?
僕は目を見開き、彷徨わせる。まさか、そんなはずはない……。
だって、だって……。僕の姉は、妹は、もっと幼いはずだろう。
そんなはず――。そんなはずは――。
「ミント……なのか……?」
「せーいかい」
アシュさん――いいや、ミントは「ふふっ」と笑うと、悪そうに、でも満足気に口角を上げて言う。
「少し見つけるのが遅いんじゃない? 折角、お姉ちゃんが魔法使いに頼んでまで、会いに来てあげたのに」
――っ。
どうしようもなく、噛み締めた歯と歯の間から、嗚咽が迸って。一度出てしまったそれは、もう、止まることなんてなくって。
「ぅぅうううぁああああああ!!!!」
大学生だというのに僕は、みっともなく、泣き叫んだ。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
「でも、一体どうやって……?」
僕が問いかけると、姉さんはすぐに答えた。
「分からないわ。でも、きっと、VRってやつのおかげ……かな。脳の眠っていた神経に、機械が届いたんだと思う……」
「そっか……。それじゃあ、戻ったらまた、姉さんと――」
「多分、それは無理ね。そんな話なら……もう、とっくに治ってるよ」
切なげな表情を見て、僕は慌てて口をつぐむ。
でも、折角こうして会えたのだ。話したいことを話そう。もっと、もっと――たくさん。
僕は――口に手を当て、満面の笑みを浮かべる。
「今さ、僕。頑張ってるんだ!!」
「うん」
「バイトも何個も掛け持ちして、それで、あんまり良くないけど、大学にも行けたんだ!」
「うん」
「それに、それにね、就活だって始めたんだ! もう内定取っちゃってさ」
「……うん」
「だから、もう大丈夫。一人でも、なんとかやって行けそうなんだ」
「……ねぇ」
「それに、毎日楽しくってさ。妹は……ああ、姉さんは可愛いしね」
「……ねぇってば」
「僕、僕ね……!!」
「最後くらい……嘘つくの、やめてよ……」
姉さんの言葉に、僕は激しく動揺する。
「ま、まさか。何が嘘だっていうんだよ」
僕は、口角を上に保ったままそう言った。
そうだ、何も嘘じゃない。嘘じゃないんだよ。嘘じゃない……はずだよな?
すると姉さんは、うつむきがちに、僕に言う。
「また、口に手を当てているじゃない……。あの時と、同じだよ……」
言われ、僕は固まったまま、ただ呆然と姉さんのことを見続けた。
今でも……鮮明に覚えている。あの時、僕が放った言葉を――。
「大丈夫だよ姉さん。だって、僕には、時を戻す能力があるんだから」
――馬鹿みたいな、僕の言葉を。
それでも、ずっとそれが心残りだった。
もしかしてって、頭から離れてくれなかった。
姉さんはもしかして、僕の言葉を通りに、戻って進んでを、繰り返しているんじゃないかって。姉さんは、いつも5時30分になると、絶対にうなされる。
そして、5時30分っていうのは――事故が起きた、時刻だ。
「ごめん……」どうしようもなく、喉から言葉が溢れ出る。地面に崩れ落ちて、どうしようもなく、むせび泣く。「僕の……せいで……。ごめっ……ん……」
ああ、言葉が、上手くまとまらない。
……クソ。何でだよ……。何で、こんな時に限って……。
こうも、目眩がしてしまうんだ……?
ふらつき、倒れそうになった僕を、姉さんが咄嗟に抱え、抱きしめる。
そして――。
「よく一人で、頑張ったね。でも、もう、一人で背負い込まないで」
ゲームだというのに伝わってくる温もりが、僕を優しく包むから――。
いつの間にか、ポロポロと零れていた涙は、止まることなんてなくって。
とめどなく、溢れてきて。
「うぅううぅあぁあああああ!!!!」
僕はいつまでも、泣いていた――。
「それじゃ、また会えたら」
「うん……。また、VRなら会えるかもだしね」
「うん、そうだね……」
「それじゃ――」
僕は、姉さんに手を差し出す。
すると、姉さんは手に取って。
青く透き通ったパネルが、浮かび上がる。
『あなたはお姉ちゃんを愛しています はい/いいえ』
「ははっ。当たり前……だ……ろう……」
急速に、意識が遠のいていく。
ああ、もう少し待ってくれよ。そう願ったって、止まりやしない。
そして僕は、意識を失った。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
『システムが危険信号を受け取りました。強制シャットダウンに移行します』
――目を覚ませば、それは朝で。
後頭部に柔らかい感触が広がって、目の前には妹の顔がある。
膝枕……か? 起き上がると、おでこからポテリと、乾いた冷えピタが落ちた。拾い上げ、妹と冷えピタを見比べるようにして、右に左に、また右にと見る。
まさか、看病……してくれたのか……?
「ははっ。ありがとな」
そう頭を撫でると、ごてりと妹は頭から床に落っこちた。どうやら、随分と不安定な格好で眠っていたらしい。
……っと、早く朝ごはん作らねーと。
立ち上がり、キッチンへと向かう僕の背後から、妹の声が飛んできて。僕は不意に、足を止めた。
「私……お兄ちゃんの役に立つです」
――不意にカチリと、秒針の進む音がした。
パーフェクトファンタジーオンライン Ohm @obein1226
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