椿作:ふしぎなばしょ
二十八歳独身、実家暮らしの会社員正岡雄一は今日もPFO――パーフェクトファンタジーオンライン――でバグ探しをしていた。ちなみにプレイヤーネームはマサイチで、いつもソロプレイをしている。これはバグを最初に報告した一人に報酬が与えられるというゲームの性質上、集団行動は争いの火種になりかねないからだ。決してマサイチがボッチだとかそういう話ではない。無いったら無い。最もギルトに加入すると経験値ボーナスが得られる等のメリットがあり、そのあたりの判断は人によって分かれるが。
マサイチはセーフゾーンの町からやたら遠くにある高レベルダンジョン、龍の災園にやってきた。途中でNPCが浮かんでいたり、オブジェクトが変な色になっていたり、モンスターのHPが限界突破していたりと色々あったが、いつもの事なのでスルーする。こういう分かりやすいバグは既に報告されているだろうから、わざわざ報告するのは無駄骨になる可能性が高いのだ。
マサイチは竜の災園の奥に進む。このダンジョンはかなりのハイエンドプレイヤー向けなので、ここなら発見されていないバグが有る可能性が高い。そう考えたマサイチはひたすらダンジョンの壁に体当たりし続けた。
十数分後、マサイチは壁をすり抜けた。すり抜けた先は真っ暗な空間だった。マップを開くと“ふしぎなばしょ”と表示された。マサイチは知る由も無いが、それは数十年前の某人気ゲームシリーズの一タイトルに存在したバグに酷似していた。
(何かよく分からないけど、面白そうだから色々調べてみようかな)
マサイチは運営に報告する前に、もう少しこの空間を探索してみることにした。バグ発見の報酬でもらえるルートボックスも欲しいが、マサイチにとってはバグによって面白いことが起こることも魅力的だった。
十分ほど探索を続けると、開けた場所に出た。そこには中身をくり抜いて顔の形を彫ったかぼちゃ——ジャック・オー・ランタン——を模したモンスターが配置されていた。
「こ、これはこの前のハロウィンイベントのモンスターじゃないか! はは、リアルが忙しくて参加出来なくて残念だと思っていたが、まさかこんなところで戦えるとはな」
PFOでは時々季節イベントが開催される。最もイベントもバグだらけだし、そもそも真っ当なゲームとして成立していないので、プレイヤーからはその前にバグを直せよ、と頻繁に突っ込まれるのだが。
その季節イベントの一環として、先日ハロウィンイベントが行われた。期間中のみ戦えるボスモンスターや、限定アイテム、そして何よりも無数に発生するバグでかなり盛り上がっていた。
だがマサイチはリアルの事情でイベントに参加できなかった。その参加出来なかったイベントのモンスターと戦えるのだ。自分の運の良さに感謝しながらマサイチはモンスターとの戦闘を始めた。
数分後、イベントモンスターを撃破し限定アイテムを手に入れたマサイチは、意気揚々とセーフゾーンに帰還しようとした。セーフゾーンに戻らないとアイテムを入手したことにならないのだ。バグ報告による報酬も貰えるし今日は運が良いと思っていた。この後、彼のトラウマになる程の不幸が訪れることも知らずに。
マサイチは、ふしぎなばしょを数十分ほど歩き回ったが出ることが出来なかった。そもそも、こんな真っ暗な空間ではどちらに進むのが正解なのかわかる筈もない。来たときと全く同じ道を通れば戻れたかもしれないが、そんなもの覚えていなかった。マサイチはこの空間を探索すると決めた時点で、帰る方法を考えておくべきだったのだ。
「仕方が無いな。一旦ログアウトしよう」
ログインしなおしても脱出できるとは限らないが、ログアウトして運営に報告すれば何とかなるだろう。そう思いマサイチはログアウトするためにメニューを開こうとする。
次の瞬間、心臓が握りしめられるような寒気がした。間違いだと思って何度も繰り返えす。だが、何度やってもメニューは開かなかった。
「な……。ログアウト、出来ない、の……」
一昔前に存在したデスゲーム系VRMMO小説の主人公のようなセリフを呟き、マサイチは絶望する。
仮に従来型ゲームでバグにより発生したマップに閉じ込められたとしても、大きな問題は無い。そのゲームがプレイ出来ないだけで、現実での生活で困ることが有るわけでは無い。
だがVRゲームでは話は変わる。
もし、バグで出来たマップから脱出出来ず、操作も出来ないとなれば、それはゲーム内に閉じ込められることと同義である。
「ああ、あああ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
絶望のあまりマサイチは絶叫し、何かにとりつかれたかのように走り回る。
運営に連絡する? そもそもメニューが開けないのに連絡なんて出来る筈がない。頑張って普通のマップに戻る? 今まで戻れなかったのに今後戻れる筈がない。もうこのままリアルの体が死ぬまで、この真っ暗な空間に閉じ込められるしかないのか。
考えれば考える程、悪い想像ばかりが浮かぶ。恐怖と絶望に思考が埋め尽くされ、マサイチは発狂する。
その一瞬前に、マサイチ、いや雄一はリアルに戻った。
「もう、あんたはもういい年なのにゲームにばかりやって! そんなことやってるぐらいなら彼女でも作りなさい!!」
そう雄一の母は説教する。夕食の時間になってもやって来なかった雄一に痺れを切らし、ダイブ装置を外部から無理やり切断したのだ。
「う、う、うわああああああああああん」
だが、雄一にとってはそんなことはどうでも良かった。年甲斐も無く母に抱き着き号泣する。強制的に切断されたことでせっかくの限定アイテムは失ってしまったが、今はそれもどうでも良かった。今は無事に出られたという事しか考えられない。
しばらくして、落ち着いた雄一は最初にこう思った。
――ああ、実家暮らしで良かったな、と。
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