春槻航真作:歪み

 歩くだけで鼓動が早くなった。いつもの街が、歪んで見えて仕方なかった。あの建物、横に鋭く伸びてないかとか、あの樹木、先っぽが星マークになっていないかとか、そんな確認ばかりしてしまう。多分自分は、もう痴呆一歩手前まで来ているのだろう。

 逃げ出してきたはいいものの、ここからどこへ行こうか。家に引きこもることも考えたのだが、そうは問屋が降りなかった。悪夢がリフレインしてきて、気づいたら全身汗だらけだった。そうそれは悪夢だ。壁に挟まったまま動けなくなったり、蛇から手が生えて刀を持ち、斬り殺されてしまったり、何もない真っ白な空間に閉じ込められたり……終いにはそれを、起きていながら見る始末だ。ダメだダメだ!!何もない空間では、眼前に不幸が広がってしまうのだ。

 街並みは普通だ。ちゃんとマンションが立ち並んでいる。教会の門に仁王像なんていないし、それがコサックダンスをすることもない。ガタンガタンと揺れる貨物から、人形が大量に飛び出してくることもない。俺は壁に手を置くことも嫌って、酒場に入った。

 昼間から酒場にいる輩は、グダを巻いたおっさんばかりだ。黒髪ロングのヒロインなんていないし、そいつが酒を飲んでいる違法映像なんて流れない。俺はそこで一杯ひっかけた。酒を飲んでしまえば、細かいことを気にしないでもよくなると考えたからだ。

 日本酒を3合ほど飲んで、つまみに寿司を食べた。どうやらこの寿司は、人のこめかみを執拗に襲っては来ないらしい。ただ黙って食べられるネタ達に、少しだけ寿司が好きになりそうだった。

 店を出た時、懸案事項が酒のせいに思えるようになった。こうなれば俺の勝ちだ。ぐねぐね見える街並みも、それは酒のせい。幻覚も幻聴も、四角を見ればパソコンを思い出す悪癖も、全て酒のせい。よしこのまま、家に帰って寝よう。俺には、まだ逃げる権利が……

 ガシッ!!!!


 突然腕を掴まれた。恐る恐る振り向くと、そこに居たのは……

 パーフェクトファンタジーオンラインの、デバック担当だった。


「田山さん!!!これまでどこいってたんですか!!!ゲームがバグだらけなんです、ゲーム会社に戻って……」


「やだ!!!やだ!!!やだ!!!!!!」


「駄々こねないで下さい!というか、なんで浜○町から焼津まで逃げてるんですか!!探すのに何日かかったと思ってるんですか!!!!!」


「もう俺降りた!!あんなゲーム2度と作りたくない!!もうダメなんだ。街を歩いていても全部が全部バグ起こしているようにしか見えないんだ!!助けてくれ!!!」


 この嘆願は受け入れられず、俺は再びバグとの戦いという地獄へと舞い戻ったのであった。破綻破綻……

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