タカヒロ作:ラグナロク
ノースマンは目を丸くした。
それは、とても信じられない光景だったからだ。
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょ、ちょマジかよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおお」
あの時のノースマンはまさかこれがこの世界の滅びにつながるとは知らなかった。
でも滅ぶ時なんて大体そんなものだ。
予兆なんてありゃしない。
気づけば大体滅んでいるのだ。
そういうものだ。
時間は数十分前に戻る。
パーフェクト・ファンタジー・オンライン。通称PFOのプレイヤーである北川たけしことプレイヤーネーム「ノースマン」は、学校終わりにいつものようにゲームを開始した。
いつものように手慣れた手際でサブクエストを受注し、さっそく冒険者の集まる酒場を飛び出す。
今回は楽なクエストだ。はじまりの街ちかくのエステーロと呼ばれる香草を集めるクエスト。ハッキリ言って初心者レベルのクエストだったが、今日はどことなく難しいクエストをこなす気にならず、一人でゆっくりしようと思ったのだ。
なので、ほとんど日向ぼっこをする気持ちでこのクエストを受注した。
出会う敵も当然レベルの低い敵ばかり、なにせはじまりの街近くなのだから。
「でたなスライムめ」とノースマンは頬の片方をつり上げる。
たぶん、このあたりまではノースマンの想定の通りだった。迫りくる雑魚敵を倒し、そして風に流れる雑草を見つめ、その一つを摘んでゆく。そういうミッションだと思っていたのだが……
ここで想定外のことがおきた。
スライムを倒したあとに、スライムがアイテムをドロップしたのだ。
珍しかった。スライムがアイテムをドロップすることもあるのかぁ、などと思った。
なんだろうな? 薬草とかかな? それとも麻痺を直す薬とかかな?
どうせこんなレベルの低い地域じゃマシなものじゃないだろう、と思い、それを拾い上げると、それは剣だった。
しかも、かなり立派な剣だ。
銅の剣……とかじゃないよな? などと思い、剣の種類を確認して、驚いた。
ラグナロク。それは、このパーフェクト・ファンタジー・オンラインに出てくる、魔王よりも強いとされている幻の古竜を倒した時にわずか2%の確率でドロップするスーパーレアアイテムだった。
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょ、ちょマジかよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおお」
思わず叫んでしまった。
ノースマンはのどを鳴らし「嘘だろう? スライムのドロップアイテムがラグナロク? はぁ? 意味がわかんねぇ」と言いながらも、にやけ顔で次のスライムを探す。
そして信じられないことに次のスライムを倒した時も、スライムはまたラグナロクをドロップしたのだ。
この時、裏では大変な騒ぎになっていた。
恐らくなにかの故障やミスでもあったのだろう。とにかく、担当がそれに気づき、スライムのアイテムのドロップアテムを元通りに変更するまでの10分間で、2万本のラグナロクがこの世界に解き放たれたのである。
それからのPFOはすさまじい環境に変化した。
ノースマンは石畳を歩きながらチラッとプレイヤーの運営している武器屋を見やる。
本当に酷い値段だ。
こんぼう 1ゴールド。
鉄の剣 1ゴールド。
鋼の剣 1ゴールド。
ドラゴンキラー 2ゴールド。
ラグナロク 100ゴールド。
もうほとんどの武器がタダみたいなものだった。
当たり前だが、他の武器は皆ラグナロク未満の性能しかない。
つまり、値がつかないのである。
通り過ぎるカップルが愚痴を垂れていた。
「あーふざけんな、ほんとふざけんな。もうこのゲームオワコンだよ! オワコン! このクソげーやめるべ!」
「うん、そうだよね。こんなゲームするぐらいならもっとあっちゃんと色んな事したいな~」
「ふふふ、どうしようか? どうしようかこの体~~」
「きゃ~~~」
ノースマンはそのカップルを無表情で見つめていた。
まぁ気持ちは分からんではない。
最強の武器がほとんど誰でも手に入るため、どんな敵でも雑魚敵と化してしまった。聞くところによると、なんでもレベル1の冒険者でもうまく立ち回れば魔王を倒すことだってできるのだそうだ。
いくらなんでもこれはないよなぁ……
そう言いノースマンは手元のラグナロクを見つめる。
思えばあの10分で世界は変わってしまったのか……
ノースマンは唐突に平家物語を思い出し、口ずさむ。
「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。奢れる人も久からず、ただ春の夜の夢のごとし。猛き者も遂にはほろびぬ、偏ひとへに風の前の塵におなじ……」
ずいぶんこのゲームで遊んだけど、ここが辞め時だな……
滅びゆく時は皆おなじなのだ……
誰も関心を示さなくなり、そして、唐突に滅ぶ。
そうして彼はゲームをやめた。
それからしばらくして運営は暴挙ともいえる手段でこの虚無の世界に手を打つのだが、それはまた別のお話。
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