うらひと作:詫び石で言い訳選手権
「……えーと、これで家に帰ってないの何回目だ?」
午前3時、宏明はうんざりした表情でスケジュールを確認する。
サーバーのメンテナンスで何度もテストサーバーに反映してテストすること数十回。一向に原因が特定できず、『今日』の作業をあきらめたところで、愕然した。
「は? 誰だよバグチケットこの時間に投げた奴……」
苛立ちがおさまらないが、寝ないと体を壊して状況が悪化する。責任者がいないのは胃に優しいようで優しくない。別種のストレスがのしかかる。
数えきれないメンテナンスの度に「詫び石」を配布するため、面倒になってバグ報告のシステムを弄り、「詫び石の理由」を入力する欄を作った。
元々報告が上がれば自動的に社内チャットへbotメッセージが出るようなシステムだが、開発メンバーを笑わせる用とプレイヤー向けのネタが用意され、最もリアクションの入ったものをチームリーダークラスが最終チェックして承認ボタンを押せば、メンテ明けの配布時に表示されるという流れだ。
最初こそ面白おかしくやっていたのだが、次第に思考停止したりテンションがハイになったりなどして、最近の3回の「理由」がコレだ。
7/XX 21:15 〇〇石 300個 「キーボードにエナジードリンクをこぼしたおわびです」
7/XY 2:00 〇〇石 50個 「歩行のhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh」
7/XZ 7:00 〇〇石 (null)個 「Null Pointer Exception」
「……最後のぜってーやべーだろ。朝っぱらで、誰もリアクション送ってないな」
呆れと不意にこみ上げる笑いが混じった、変な気分になりながら仮眠室へ向かう。仮眠室といっても、実際にはサーバールームの出口にとりあえず置かれたソファーに寝転がるだけだが。
「『サーバールームで寝られるわけねー』って抗議してよかった」
ふと「理由」のネタが浮かんだので、ロッカーに入れていたスマホにメモしておいた。
7/YY 10:00 〇〇石 100個 「サーバーのランプが蛍の光のように見えたのに、帰れなかったので」
「怪談ってものではないけど、エンジニアはゾッとする話だ」
『滅びの呪文』はこの業界にもある。度々、技術記事でも上がる『アレ』だ。
ゲームやシステムに関わる人間なら『絶対に間違えるな』、あるいは『間違えそうならやるな』と言われる。それこそ、そうしたことに関わりのない人にはすべてが呪文に見える業界だし、『魔法使いみたい!』と言われるような夢の世界――
「なわけねーだろ。自分の開発マシンだったからとは言っても、本番環境どころか開発環境でも叱責ものだぞ」
クマの入った目は、まさにその復旧に徹夜を重ねた疲れの表れだ。連日のメンテナンスが一旦収束したかと思った矢先にこれだ。
8/AA 13:00 ○○石 200個「ガス業者に心配されたので」
直後、電池切れして『泥のように眠る』を体現する宏明に、帰宅に合わせて掃除にきた母親も休憩に入った。
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